小説 川崎サイト

 

割り橋


 支店と言っているが出店のようなものではなく、支社だろう。規模は大きく、またここがこの組織の発祥の地。本社は元々、ここにあった。
 そこに新しい支店長がやってきた。早速全員を集め、挨拶が行われた。これはしなくてもいいのだが、この宝田の流儀だろう。
「何事においても慎重に、成功よりもミスをおこさないこと。ミスの少なさが成功をもたらす。そのため、私は割り箸を叩いて渡る、を信条としております」
 ざわめきは起こらない。しかし、一瞬フリーズした。
 慎重なら、もっと言葉にも慎重になるべきだろう。
 宝田もそれに気付いたようだが、何事もなかったかのように、挨拶を続けた。
 しかし、その後、宝田支店長のことを割り箸というようになった。
 宝田もそれに気付いたが既に遅い。石橋と割り箸を間違えた。だが、言ってしまったことなので、何ともならない。
 当然誰が聞いても、言い間違いだ。
 しかし宝田は言い間違いではないということを何とか証明しようと模索した。そんな模索より、仕事の模索をすればいいのだが、割り箸が憎い。この割り箸を叩いて渡るというのは本当のことだったと示したい。そうでないと、慎重なはずの宝田のイメージが崩れる。
 ある日、主だった幹部を支店長邸へ招いた。就任パーティーのようなもの。
 支店長邸は大きな庭のある邸宅。元々は社長の家だった。そこに今、支店長は住んでいる。この支店だけの特徴だ。
 就任から数ヶ月経っている。そのパーティーとしては遅いのだが、他にネタがなかったのだろう。
 集まってきた幹部達は屋敷の広さを羨ましがった。この支店長だけの特権だ。
 今も割り箸さんというあだ名は消えていないし、何度もその話題で、笑っている。
 庭に出たとき、妙なものが池に掛かっている。橋なのだが、近付いてみると、割り箸の大きなもの。こんなもの一般にはないが、割れ目もしっかりと付いており、横にのぼり旗がある。鯉のぼりかと思ってみていると、それは違う。「お手元」と書かれている。割り箸鞘だ。
 そこに宝田が登場し、割り箸を叩いて渡りだした。
 これで失言、言い間違いではなかったことを示したことになる。
 この割り箸橋を作ってもらうのに、数ヶ月かかったようだ。手間の掛かることをするものだ。
 
   了

 




2018年11月25日

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