小説 川崎サイト



着れません

川崎ゆきお



「まずファッション、着るものから発想を変えないと駄目なんじゃないか。私はそう思いますね」
 ある年輩者の集まりで織田が話している。
「年寄りだからって地味なもの着る必要はないんだ。もっと自由な発想で、好きなものを着るべきなんですよ。くすんだ色はくすんだ気持ちになります。外人を見てください。お年寄りほど派手でしょ」
「中国もですか?」
 参加者の一人が声を出す。
「ああ、いいですよ。そんな感じで割り込んで来てください。非常にいい感じです。ほら、今の方は明るい黄色のブルゾンでしょ。着ているもので、気持ちも変わるんですよ」
「中国もですか?」
「外国ではそうです。それは積極的に派手な色を好んで着ているからですよ」
「日本も昔の小袖とかは派手なものがあったように思うがなあ」
「いいこと、言いますねえ。そうなんですよ。まあ、和服は形が同じなのでね、色柄がアートなんですよ。絵画のようでしょ。絵を着ていたわけですよ」
「でも、あなたのような服装は、私らは無理だ」
 織田はオリジナルブランドを着ていた。蝶の羽のように袖が広がった上着と、パンストのようなものをはいている。靴は魔法使いの靴のように先端がカールしている。頭髪は薄いためか、僧侶のように剃り上げ、ネッカチーフのようなものを被せている。
「無理かどうか、一度やられてはどうですか? これで気持ちが全く変わります。もう老人臭さは消え、はつらつと生きられるんです。まあ、それは言い過ぎですがね。着るものの工夫は必要だと言いたいだけなんです」
「どこで売っておるのかなあ」
「私は商売で来たわけではないので、うちのブランドを進めるようなことはしませんが、吊るし物のお店でも、組み合わせることで、楽しい着こなしができますよ」
「先生は、気が狂ったと言われませぬか?」
「一度もそんなことを言われたことはありません。あなた、そう思いますか?」
「思いません」
「そうでしょ。勇気を出して着れば、受け入れてくれます。だって楽しいでしょ。着る方も見る方も」
「先生を狂っているとは思わんのはファッションデザイナーだからです」
「着こなしの問題ですよお爺ちゃん」
「じゃあ、先生がわしのような農家の親父だとしたら、着れますかな」
「着ますよ」
「それは先生の考えで、わしの考えじゃない」
「ほら、この方の服装が、地味だから、そんな考えになるんです」
「じゃあ、先生はわしのこの野良着、着れますか」
「着れません」
 
   了
 
 
 


          2007年6月18日
 

 

 

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