小説 川崎サイト

 

心境の秘境


 人は今、どんな境地にいるのかは外形でも何となく分かるが、その内面がどうなっているのかは聞いてみないと見えてこないかもしれない。地形のようなものなら見えるのだが、同じ地でも、境地になると精神的な地図になる。境地が秘境と言うこともある。境遇がそうさせているのだろうか。
「最近、君が何を考えているのかが分からない。今までは見えていたのですがね」
「そうですか」
「何か心境の変化でもありましたか」
「さあ」
「そうでないと、いつもの雰囲気とは違うことが理解できない」
「いえ、普段通りです」
「しかし、態度が違う。いやに大人しくなった」
「前からですよ」
「以前はもっと鋭い目付きをしていた。今は穏やか」
「そんなことが分かりますか」
「目をあまり見開かないし、妙な顔もしない。素直だ」
「悪いことですか」
「いや、いいことだが、何かあったのかね」
「別に」
「秘しているんだろうねえ。言えないことでしょ」
「そんなことはありません」
「何か環境が変わったとか」
「プライベートは特に変わっていません」
「じゃ、どうして、そんな菩薩のような顔になった」
「さあ」
「心境の変化があったことは分かる」
「さあ、何処にいるんでしょうねえ」
「え」
「いや、何でもありません」
「心ここにあらずかな」
「いえいえ、そんなことはありません」
「それはもしかして仮面」
「肉面です」
「分かった」
「何でしょう」
「体調が悪いんだ」
「多少、それはあります」
「スンと何かが落ちたような顔だよ。しろっぽくてね。すっきりしたような。しかし、苦しくないかね」
「いえ、そこまで調子は悪くありません」
「君はよく眉間に皺を寄せる。だが、最近それがない」
「はあ」
「君の心境を知りたいところだ」
「どうしてですか」
「ほら、いつもなら、角のある聞き方をするのに、それが消えている。何か良いことでもあったのかね」
「別に」
「あやかりたいところだ。私は脂ぎっていてねえ。テカテカなんだ。君のように淡泊になりたい。どうやったらそうなるのか、教えて欲しいんだ」
「そういえば」
「変化の原因が分かったかね」
「はい」
「何だ」
「脂っこいものを最近控えていることでしょうか」
「もういいから仕事に戻りなさい」
「はい」
 
   了

 


2018年12月6日

小説 川崎サイト