小説 川崎サイト

 

死神風


 俄雨ではなく本格に降り出した。下田は自転車で帰るところ。
 傘はあるがまだ小降り。冬の雨は冷たい。それでペダルを強いめに踏み、いつもよりもスピードを上げる。四季を通して走っているコース。夏場はゆっくりだが冬場は少し早い。寒いためだろう。
 しかし、妙にペダルが軽すぎる。下り坂ではないし、追い風でもない。水銀灯で雨粒が見えるが真っ直ぐ下に落ちている。
 傘を差すタイミング逸したのは既に濡れているため。この程度の濡れ具合なら問題はないので、もう傘を差す気はない。それにスピードが落ちるし、片手になるので危ない。昼間と違い夜は視界が悪い。四つ辻から車が頭を出してもヘッドライトで分かるが、無灯の自転車は分からない。
 元気なのか足が怠くならない。そろそろ足に来るはずだがそれがない。息も弾まない。急に足腰などが強くなったのだろうか。余裕でスピードが出せる。
 そのスピードがさらに加速する。自転車は一度スピードに乗ると、そのあと結構速いままタイヤが回るが、それでもある速度まで。そこから先は重くなる。
 よく考えると、信号が全て青。
 下田はおかしいと気付きだした。それでも踏む力に余裕があるので、そのまま漕いでいる。もの凄く早く帰れるので、濡れ方もましだろうし、寒いところから早く暖かい部屋に戻りたいので、この早さは悪くはない。
 しかし、自分の限界のスピードを超えているように思える。それこそ坂道や追い風ならそんなものだが、この道筋はそれではない。
 何を急いでいるのだ。また急がしているのだ。誰かが背中を押しているようでもあり、前で誰かが引っ張っているようでもある。
 風がないのに風があるように感じる。まるで神風だ。
 そのとき、昨夜読んだホラー漫画を思い出した。神風ではなく、死神風。死神に煽られているのだ。
 これはまずいことになった。これはこの先の何処かで何かと激突するはず。スピードを緩めることだ。
 下田はペダルを踏むのを止めた。それでもしばらくは前へ前へと進んだ。そしてもうペダルを踏まないといけない早さになったとき、無灯の自転車がスーと飛び出した。
 下田はブレーキを掛けようとしたときは、横切っていた。
 黒い自転車で真っ黒な服装の何者かが振り返り、こちらを見ている。
 顔も真っ黒。
 そして、走り去った。
 
   了





2018年12月19日

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