小説 川崎サイト

 

祭りの準備


「あってはならなぬことじゃ」
「そんなこと、決めたからでしょ」
「決め事。これは伝統でもあり、慣習」
「悪い風習なんじゃありませんか。それに勝手に決めたのでしょ」
「そのようになっておる」
「そのようにしただけじゃありませんか」
「しかし、あそこは裏本家。それが執り行うなど、あってはならんこと」
「でも本家ではもう執り行えないのでしょ」
「わしは年で、もう動けんからなあ。息子達も都会に出て、おらん」
「兄弟衆も駄目でしょ」
「本家がやるべきこと。分家がやることではない」
「裏本家って、何ですか」
「遠い先祖の時代、初代かな。この村を開墾した一族じゃ。その息子が二人おった。しかも双子。ここで二家に分かれたのじゃ」
「じゃ、分家ですか」
「どちらが長男か次男なのかは分からん。どちらが先に腹から出てきたのか、確認せなんだ。印を付けたはずなんじゃがなあ」
「はあ」
「それでどちらを本家で、どちらを分家にするかで迷ったらしい。しかし、そんなものは長男として育てれば、長男。跡継ぎとして育てればそれが跡継ぎになる」
「それから本家と裏本家に分かれたのですね」
「本家からまた分家ができ、裏本家からもまた分家ができる。いずれも続いておる」
「じゃ、同じ血筋じゃありませんか」
「しかし、あの行事は本家が執り行う仕来り。これは本家と分家との違いを示すためでもある」
「でも、もう執り行う人がいない」
「孫にやらせようと思うのじゃが、いやだという」
「跡取りの息子さんは」
「因習だといって、相手にせん。それにそんな暇も金もないとか」
「じゃ、今年は中止になりますねえ」
「その方がいい。裏本家にやらすよりもな」
「それで影響は」
「ない」
「つまり、その儀式、してもしなくてもいいんでしょ。影響がないのなら」
「あるにはある。本家が執り行うことでな」
「儀式の内容よりも、主催者の問題なのですか」
「裏本家からは議員も出ており、会社も運営しておる。しかし、格は本家の方が上だというのを見せつけるためにも、本家がやるべきことなのだ」
「息子さんは」
「ただの会社員じゃ。三人もおるのに、大したことはない」
「はあ」
「まあ、中止じゃ」
「しかし、観光ポスターもそろそろできる頃です」
「駄目じゃ。わしが祭司として立てるはずだったが、腰がなあ、駄目なんじゃ。足は何ともない。腰をやられると足が丈夫でも何ともならん」
「じゃ、車椅子とか」
「寝返りもきつい」
「分家に手伝ってもらえばいいじゃないですか」
「本家の分家はさっぱりでな、裏本家の分家の方が多い。議員と企業を持っておるので、本家はさっぱりじゃ」
「じゃ、中止と」
「それに金もない。金が掛かるのでな」
「裏本家さんでも同じことができると言ってますが」
「あってはならんことじゃ」
「はいはい」
「じゃ、これはどうですか、本家の補佐を裏本家さんにやってもらうのは」
「ん」
「祭司の代わりをやってもらうのです」
「それも駄目じゃ」
「誰が決めたのですか」
「昔からそうじゃ。祭りを執り行えるのは本家だけ。それが崩れる」
「いつ決まりました」
「遠い昔じゃ」
「ただの決め事で慣習でしょ。誰かが決めただけで、今とは事情が違いますよ。それにその祭り、しなくてもいいようなものでしょ。必要性があるとすれば本家の威光を示すためでしょ」
「長男の家系でないと駄目なんじゃ」
「でもどちらが長男かどうかは双子なので、分からなくなったのでしょ」
「嫡子として育てた方が長男じゃ」
「ポスターや祭りの準備も既にすすんでいます。観光客も来るように、いろいろと手配しています」
「誰が金を出したんだ」
「裏本家さんです」
「しかし、あってはならんこと。裏本家が執り行うなど、あってはならん」
「まあ、そう言い続ければいいのです」
「え」
「これが最後です。裏本家さんに任せますか」
「ならん」
「分かりました。ではポスターのタイトルを入れ替えます。もう本家とは別の祭りなら、問題ないでしょ」
「少し、待ちたまえ」
「裏本家さんに任せますか」
「主催は、本家になるのなら」
「でも、決め事があるのでしょ。あってはいけないこと、あってはいけないことと何度も聞きましたが」
「決め事は変えてもいい」
「駄目です。そんな簡単に変えられるような決め事なら、力説しないでください」
「君は市役所の下っ端の癖に、偉そうな口をきくな」
「僕も裏本家ですし、市長も裏本家系です」
「本家は、本家は」
「いつまでもそう言い続ければいいのです」
「あってはならぬことじゃ」
「さっき、あってもいいことにしたじゃないですか」
「それもあってはならぬことじゃった」
 
   了




2019年1月8日

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