小説 川崎サイト

 

狂妄想


「一寸調子が悪いのですが」
「それはチャンスですねえ」
「え、そうなんですか」
「テンションも低くなるでしょ」
「はい、低調です」
「その低いときに決めたことは上手く行きます」
「そんな解釈があるのですか」
「ないかもしれませんがね。これは私の経験上だけの話ですから、普遍性はありません。最も普遍というのは当てにならないこともある。個人の事情と普遍が合わない場合」
「そんな難しい話じゃなく、本当にチャンスなのですか」
「底からの発想です。これはベースとして安定しているのです」
「調子が悪いので、頭も回転しません。こんなときにいい選択ができるでしょうか。決め事そのものが嫌になります。もっと元気なときにやりたいと思うのが普通でしょ」
「真夜中の狂妄想の逆です」
「狂妄想」
「夜中、もの凄く盛り上がって、もの凄いことを思い付く。そんなこと、ありませんか。そして朝になると、もう冷めている。とんでもないことを考えていたものだと思い、もうその続きは考えない」
「それが狂妄想なのですか」
「妄想を抱くのは結構です。しかし狂妄想になると、それは狂っている。これは盛り上がりすぎて、関所をいくつも破るほどのたちの悪い妄想になるからです。だから本人も朝起きると、それに気付いて、もう考えない」
「テンションの低いときはその逆になるわけですか」
「そうです安定しています。冒険はしない。とんでもないことを考えるだけの体力も、気力もない。底ですから。こういうときに物事を考えた方がいいのです。だからチャンスなのですよ」
「しかし、そんなとき思い付くようなものは、あまり大したことじゃないですよ。結構内に傾いています。外に向かってよりも」
「しかし、冷静でしょ。きっと真っ当な判断ができると思いますよ」
「そんなものですか」
「元気なときから見れば、面白味のない話ですがね。地味すぎるとか、小さすぎるとか、大したことじゃないとか」
「そのメリットは何でしょう」
「発想が騒がしくない」
「調子の悪いときの沈んだような気持ちとお揃えですか」
「そうです。外連味がない」
「外連って何ですか」
「俗受けです」
「すると」
「自分自身が受けるようなものじゃない発想」
「調子が悪いので、難しい話ですので、頭が回転しません」
「自分というのは他人の中にいるのですよ。それがなければ自分は浮かび上がらない。だから人受けするとは自分受けするのと同じようなもの。全部自分じゃなく、他人だったりしますしね」
「はあ」
「しんどいときは外連味たっぷりの臭い芝居をする気力もないでしょ。だからチャンスだといってます」
「もの凄い回し方ですねえ」
「どうです」
「はい、今日は調子が悪いので、何となく受け入れてみます」
「元気なときの考えより、きっとあなた自身のためになることを思い付きますよ」
「はい、参考にしてみます」
 
   了


2019年1月21日

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