小説 川崎サイト

 

人間掃除機


「普段あまりやらないことをすると新鮮ですねえ」
「そうですか」
「まあ、大したことじゃなく、一寸したことです。普段は見向きもしないことを半分冗談のようにやってみると、新境地を得たような気になります」
「大袈裟な」
「大したネタじゃないのですがね。たとえば人間掃除機」
「それは奇妙奇天烈なネタですよ」
「私は掃除が嫌いで、家は散らかっています。ゴミ屋敷というほどじゃないですが、あるべきところに置いたり、仕舞ったりしないためでしょ」
「分かっているのに、しない」
「そこで人間掃除機を使いました」
「雇ったのですか」
「いえ、自分が機械になるのです。掃除機ですが、手も足もある。目もある」
「だから、単に掃除をするだけでしょ」
「その行為を今からある一定時間やるとなると、これは無理です。それができるのなら、部屋は散らかっていません。そうじゃなく、移動です」
「分かりました。散らかっている部屋のものを別の部屋へ移動させると」
「違います。私が移動します。掃除のためじゃなくてね。たとえば出掛けるとき、居間から玄関まで行くでしょ。門があれば門まで。その移動中にゴミ回収車のようになるのです。通り道で目に付いたゴミを手にする。持てる範囲です。それで廊下にゴミ袋がありますので、そこまで運ぶ。ゴミの場合はそうですが、雑誌などはその置き場まで移動する。移動中また何か見付けて、それを掴む」
「それは掃除でしょ」
「掃除じゃありません。目的は外出なら外出。その通り道に一寸寄り道する程度。だから通るだけです」
「ほう」
「これを思いつき、実行してみると、新鮮です。掃除をしているようでいても建て前としては掃除じゃない。トイレで立った場合はトイレが目的。掃除は目的ではありません。手ぶらで移動するのはもったいないので、何か握って移動する。その置き場所までね。ゴミは簡単ですが、雑貨品や衣料品は整理が面倒。だから一箇所に集める。集まったところで、そこからそれぞれのコーナーへと、また運ぶ」
「普通の掃除をした方が早いでしょ」
「掃除をする気はありません」
「でも、それは掃除でしょ」
「掃除の時間は取りたくないのです。だから移動時間の中に含めます。あくまでも移動中という行為で、掃除行為ではありません」
「まあ、何でもいいですが」
「物は溜まる。そのままでは溜まる一方。ここに流れが必要なのですね。入口があれば出口がある。元々あった場所、ねぐらがある。そこも一杯になれば、別のところへ。動かすことが大事。ゴミとなって家から外へと流れる」
「それが新鮮だったというわけですね」
「そうです。自分が掃除機や、ゴミや資源回収車になった気分で、機械になったような気分。機械には心はありません。好きだとか嫌だとかの」
「だから、機械的に処理すれば、できるというわけですね」
「まあ、そういうことです。しかし、私は機械の振りをしていますが、機械じゃない。心がある。それなりの感情を持ってしまいますがね。これは感情の寄り道。それなりに新鮮な気持ちになることもあるし、懐かしい思いになることも」
「要するにアタックの仕方を変えたわけですね」
「そうです。掃除は嫌いですが、散らかっていない方がよろしい。だから掃除をする気はあるのですよ。だが、なかなかその気が起こらない。そのとき閃いたのがこの方法でした」
「はい、メデタシメデタシでしたね」
「本気を出さない方が逆に動きやすくなるという結論まで得ました」
「はいはい」
 
   了





2019年2月2日

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