小説 川崎サイト

 

福助に追いかけられる


 雨に打たれた翌日、沢村は体調が悪い。風邪を引いたようになる。これは引きかけのようなものだろうか。そのまますっこむこともあるが、翌日も雨で、しかも濡れると、これはそのまま風邪となる場合が多い。晴れておればその限りではない。
 体調が気になるのは、しんどくなると一日が楽しくない。これは苦しくなければ良い程度で、特に楽しいわけではないが、快適とまではいかなくても、自然に身体が動く。つまり身体の不都合がないときは身体のことなど頭にない。これが良い状態だ。ただ状態が良くても、やることがつまらなければ、やはり楽しくはないが。
 元気で生き生きと暮らす。これがいいのだが、そういう日は滅多にない。ありすぎると逆に病んでしまうかもしれない。
 雨に遭った翌日は晴れか曇りか分からないような日だった。中途半端な空だが、雨だけはまだ降っていない。これで、二日続けて雨に当たることがないはずなので、風邪は引っ込むだろう。
 中途半端な空模様だが、その日は日曜。町に出ると人がいつもより多い。買い物や遊びに出てきているのだろう。
 沢村はやることがないので、街中散歩で小一時間ほど過ごす。ゆっくりと歩いているだけのことだが、街ゆく人を見ているだけでも、何となく飽きない。
 そして見知った人と出合うことは希で、知っているだけの人なら、挨拶程度で終わる。その距離感を互いに維持しているようで、特に話すようなこともないためだろう。たまに顔を見る人程度なので。
 そのため、交友のある人とかとばったり、などはない。一生のうち数回起こる偶然だろう。しかし、知っている人がいそうな場所に行ったときに限られたりする。
「あなた」
 と、声が何処からかする。方角が分からない。上か下から出ているような音で、本来なら横から聞こえてくるはずなのだが、空耳かもしれない。下へ向かう階段も上へ行く階段もない。駅前のよくある歩道。
「あなた、もしかして」
 風邪でも引いて喉を壊しているのか、かすれ声。年寄りの名優がむりとに出す声に似ている。
 沢村は後ろを向く。声はそこから来ていた。非常に背の低い人がいる。
「あなた、もしかして」
「沢村ですが」
「ああ、やはり沢村さん。久しぶりですねえ。木下ですよ」
 当然沢村は知らない。背の低い知人はいるが、顔が違うし、年齢も違う。沢村よりもうんと年上だ。
「探していたんですよ。偶然道で出合うなんて、いい感じです。その辺でお茶でもしませんか」
 これはサギか何かだろう。相手は沢村を知らないはず。沢村だと答えたのは沢村自身。
「そこにいい喫茶店があります。行きましょう」小男が愛想よく誘う。顔をよく見ると福々しい。まるで福助だ。まさか、そんな妖怪が、真っ昼間から出ないだろう。
「あの店は全席禁煙なので、だめです」
「あ、そう。じゃ、煙草の吸える店へ行きましょう」
「この辺にはないですよ」
「じゃ、まだ早いけど飲み屋なんかはどうですか。寿司屋でもいい」
「私は飲まないので。それと魚は嫌いなので食べない」
「あ、そう。じゃ、そこの公園のベンチじゃどうですか」
「寒いです。それにいつ雨が降るか分かりませんしね。まあ、雪よりはましですが」
「そうなんですか、一寸お話しがあるんですが」
 沢村は本当に、この福助を知らない。もし知り合いなら、印象に残るので、覚えているはず。
「今日の散歩はここまでなので、仕事がありますので、またの機会に」
「あ、そう」
「沢村はいつもよりも早足。これは特に早くはないが、いつもは遅すぎるのだ。それでさっさ歩いたため、歩幅の違いからか、福助はついて来れないので、小走りとなる。
 沢村は近付く足音を聞き、さらに早足となり、やがて小走りとなる。流石に福助はそれ以上追いかけてこなかったが、遠くからまだ沢村を見ている。
 そして、さらに距離が離れたところで、福助も諦めたのか、姿がない。
 そのうち、雨がポツポツし始めたので、そのまま小走りで、家に戻った。尾行はなかったようだ。
 得体の知れない。ぐっと鼻にくるような臭いに接したようで、気分が悪くなった。縁起の悪そうなのと接触したためだろう。
 沢村は知り合いに妖怪研究家がいるので、そのことを電話で話した。
「福助という妖怪はいませんか」
「います」
「じゃ、それと遭遇しました」
「あ、そう」
「これはどういう意味ですか」
「福助でしょ。だったら縁起がいい」
「いやいや、ひねくれた顔で、小太りでふてぶてしい小男でした」
「頭は大きかったですかな」
「はい」
「福助は元々気味の悪い男ですよ。これが福の神になるので、良かったですねえ」
「ああ、はい。有り難うございました」
 妖怪博士は二日続けて雨に当たったらしく、風邪っぽいためか、真剣に話を聞く気になれなかったようだ。
 
   了
 





2019年2月6

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