小説 川崎サイト

 

敵う相手ではない


「何かありますか」
「いや、何でもない」
「じゃ、これで失礼します」
 森田は席を立ち、ドアへ向かおうとしたその後ろ姿に声が掛かる。
「あのことだがねえ」
 何もないと言っていたのだが、やはり何かあるのだろう。大事な話、本当の用件は席を立ったときや別れ際に来る。
 来たか、あのことだな。と森田はドキッとした。というよりも、この話が本題だろう。最初から、その話をすべきなのだ。森田はそのつもりで来たのだから。
「森田君」
「はい」
「佐伯のことだが」
「もうお決めになりましたか」
「うむ」
「じゃ、早速実行に移しますよ」
「もうワンタイミングくれないか。佐伯とは長い付き合い、ここで切るには忍びがたい」
「状況がそのようになっています」
「分かっている。しかし、あと一日くれないか。もう一度佐伯を説いてみる」
「これで三回目ですよ」
「分かっておる。切りたくないんだ」
 翌日森田は呼び出された。
「どうでした。話はつきましたか」
「私が切られることにしたよ」
「それは駄目でしょ」
「それしかない」
「どうしても助けるつもりですか。御自身が引いてまで」
「借りがあるからねえ。私がこの地位に上がれたのも全部佐伯のおかげなんだ」
「しかし、今はもう佐伯さんがいなくてもやっていけますよ。それより、今では佐伯さんの存在自体が脅威になっています」
「この地位を佐伯に譲る。どうせ佐伯が拵えたものだ。私はただの人形。佐伯が直接やればいいんだ」
「しかし、皆さん佐伯さんではついていけません。苦手なんですよ。だから、それはできません」
「私は能なしだ。佐伯なしでは何もできない。佐伯がいなくなれば、どうなる」
「僕たちでやります」
「それが願いか」
「僕たちでもできます。佐伯さんのかわりは」
「しかし、佐伯に引いてくれとはやはり言えない」
「じゃ、僕たちがそのように持っていきます。その間、黙認して下さいね。何も知らなかったと」
「いや、待ちたまえ。もう一度佐伯と話し合ってみる」
「でも四回目ですよ」
 四回目の会談でも、佐伯に言えなかったようだ。会談の中身はただの世間話で、切り出せなかった。だから五回目、六回目でもそれを繰り返すだけ。
 佐伯に指図されるのはいいが、森田や若い連中から指図されたくない。自分の無能振りを示したくない。佐伯ならそのあたりを上手くやってくれる。だから佐伯を切ることは、自分も辞めることだ。
 しかし、本当に自分は無能なのだろうかと、たまに考えることがある。
 結局、しつこく佐伯と用もないのに会い続けたためか、悟られてしまった。
「私を切りたいんじゃありませんか」
「それは」
「森田に言われたのでしょ」
「いや」
「森田を切れば済むこと。簡単でしょ」
「そ、そうだなあ」
 佐伯ほどのやり手では森田ごとくの若造がどだい敵う相手ではなかったようだ。
 反撃してきた森田を佐伯はもの凄い罠で森田を嵌め、潰してしまった。
 世の中には豪腕というか、怖い人がいる。
 
   了



2019年2月19日

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