小説 川崎サイト



鍾馗

川崎ゆきお



 寺田は散歩中、路面に妙なものがあるのを発見した。
 毎朝歩いている道なので変化が分かりやすいのだろう。
 いつもはないものがあると気付きやすい。
 それは三十センチほどの人形のようなもので、立っていた。黒いので何かよく分からないので、寺田は近付いた。
 人形だと思ったのは人の形に近い輪郭のためだ。
「どうだ?」
 話しかけてきた。
 よく見ると仏像のようだが、仏様の顔ではない。顔に髭がある。
「どうだ?」
 声は確かに地面から聞こえてくる。この物体から発せられているのは確かだが、口は動いていない。
 かなり怖い顔をした物体だ。
 木造でも金物でもない。プラスチックでもない。布でもない。石のように固そうだが、瓦のような色と質感だ。
「誰だ?」
「だから、どうだ?」
 会話が噛み合わない。
 寺田はしゃがんで向かい合う。
「調子はどうだ?」
「体調が悪いんでな。毎朝散歩している」
 寺田は声を出さずにつぶやく。
「じゃあ、おまえの家へ行ってやろうか?」
「あんた、誰だ」
「見りゃ分かるだろ」
「置物か? 縁起物」
「鍾馗だ」
「しょうき?」
 寺田は聞いたことがない。
「家の屋根によくいるだろ」
 郊外の新興住宅地には、そんなものはよく見かけない。
 寺田はやっと鍾馗さんの意味が分かった。見た覚えはあるが、こんな近くで見るのは初めてだ。顔は不動明王とかに似ている。
「魔よけだよ」
「それが、どうして、こんな散歩コースに」
「捨てられたんだ」
「持ち帰っていいのか?」
「そうすりゃ、鬼が入れないようにしてやる」
「鬼か」
 寺田はお伽話を聞く思いだ。
「屋根の上に乗せればいい。簡単だろ」
 寺田は鍾馗を持ち帰り、マンションの屋上に置いた。
 だが、体調は相変わらずで、改善しない。
 捨てられた……というのが気になった。効果がなかったのかもしれない。
 それに瓦屋根でないと効果はないのだろう。
 
   了
 
 
 


          2007年6月26日
 

 

 

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