小説 川崎サイト

 

バケモノが出た


 雨の降る中、妖怪博士担当の編集者がやってきた。この編集者、雨が降っていると来ないので余程急ぎの用事か重大事かもしれない。
 昼前まで寝ている妖怪博士だが、編集者が来たのは二時を過ぎていた。これは寝起きはまずいので、間を置いて来たのだろう。
 妖怪博士は朝食を済ませ、一服していた。人と会うには丁度いい。遅く食べる朝食はトウモロコシの粉で作ったポテトチップスのようなもので、それに牛乳を満たしてスプーンで食べた。最近はこれがお気に入りで、かなり待ってから食べる。ふにゃふにゃになった頃合いが好みらしい。そういうのを終えた後なので、既にホームゴタツには灰皿とお茶しかない。
 要するに編集者は妖怪博士の頭が回転する頃合いを見計らって来たことになる。寝起きに比べ、頭が柔らかくなる。
「バケモノが出たのです」
 その第一声で妖怪博士はやる気を失った。
「一緒に来てもらえませんか」
 朝食といっても昼に食べるのだが、それを終えたいいタイミングで来ている。これは連れ出すことを最初から考えてのこと。
「雨が降っておる」
「はい、小降りです」
「冬の雨は冷たい」
「それよりもバケモノが」
「そんなもの、出るわけなかろう」
「僕も見たわけじゃないのですが、バケモノが出たので、至急調べて欲しいと頼まれました」
「バケモノだけでは漠然としておる」
「はい、でも確かに出たと」
「誰だ」
「会社の先輩で、既に退職していますが、世話になった人です」
「じゃ、君が行けばいいじゃないか」
「妖怪博士に来て欲しいと言われました。だから連れてこいと」
「で、連れに来たのか」
「はい」
「バケモノとは何だ」
「バケモノです」
「何が化けた」
「だから、それを行って調べて下さい」
「誰もが何かに化けておる。私は妖怪博士に化け、君は編集者に化ける」
「退職すれば」
「君にも名前があるだろ」
「あります」
「それに化ける」
「じゃ、僕は僕に化け、化けた上で編集者に化けるわけですか」
「そうじゃ、だからみんなオバケだよ」
「はあ」
「だからバケモノが出たというが、そんなもの世の中全部が全部バケモノではないか」
「だからあ、そういう話ではなく、先輩が怖いものを見たらしいので、是非調べに行ってください」
「因果な付き合いじゃなあ」
「これは仕事になるかもしれませんから」
 
 妖怪博士は雨の中、編集者に引っ張られて散歩に出る老犬のように、その先輩宅を訪ねた。結構古い家で、この先輩の実家らしい。両親とも遠い昔に亡くなっており、空き屋にしておくのも物騒だし、マンションの家賃も馬鹿にならないので、引っ越して来た。
 古い家だが、結構建て増しされ、何部屋もある。子供が多かったのだろう。
 妖怪博士がどんな調査をしたのかは省略する。結論は鏡に映った自分を見てバケモノが出たと思ったらしい。実際には鏡ではなく、ドアの板ガラス。それが中途半端な角度で開いており、光線状態で、鏡のように写ったのだろう。説明するのも嫌になるような話なので、省略。
 その先輩はバケモノのような顔付きの人ではなく。温和で垂れ目で細く、眉も薄い。だから彼がバケモノなのではないが、自分で自分を見たとき、驚いた顔になり、さらに驚くと、もっと怖い顔が鏡に映ったらしい。ムンクの叫びの絵のように。
 妖怪博士はバケモノが出た場所に案内されたとき、この鏡を見て、すぐに分かったようだ。
 取るに足りんバケモノ談と言うべきだろう。
 
   了

  




2019年3月3日

小説 川崎サイト