小説 川崎サイト

 

陰陽師


「陽と陰について教えてください」
「わしは陰陽師ではないので、よくは知らぬが、少し考えれば分かるじゃろう」
「その動きを知りたいのです」
「陽の次は陰が来る。陰の次は陽が来る。特にいうほどのことではない」
「はい」
「しかし、陽は短く、陰は長い。陰から陽へは長いが、陽から陰へは一瞬」
「何となく分かります」
「だから、説明する必要はないだろ」
「そうですねえ」
「陽の中の陰。陰の中の陽。これはどうじゃ」
「明るいのに暗い、暗いのに明るい、ですか」
「陽なのに陰を含んでおり、陰なのに陽を含んでおる」
「難しい話よりも、教訓が欲しいです」
「陽のときほど陰の影が見え隠れする。陽のときほど注意が必要」
「交通安全ですね」
「陽気で、はしゃいでいるときほど危ない」
「それはあります。一気に持って行かれます」
「だから陽に陰の影が忍び寄っておる」
「じゃ、陽はあまり良いものじゃないですねえ。陰が心配ではしゃいでいる場合じゃないですね」
「陰はずっと苦しい。そして暗い。元気もない。これじゃ生きていても旨味がなかろう」
「そうですねえ。じゃ、やっぱり陽の方がいい」
「しかし、本当は陰陽などない」
「そうなんですか」
「そう思っておるだけ。陰陽で分けた方が分かりやすいだけで、物事により、陰が陽になり、陽が陰になる。陰陽には実体がないのじゃよ」
「じゃあ、教訓も生まれないじゃないですか」
「教訓そのものも怪しいもの。まあ、目安にはなる」
「師匠には師匠はおられるのですか」
「おらん」
「じゃ、どうして師匠になれたのですか」
「わしは師匠ではない」
「そうでしたか。でもこの近隣では大先生とされていますよ」
「他におらんかったのじゃ」
「じゃ、私は間違って来てしまったわけですね」
「そうじゃな」
「私の目的は陰陽を極めることです」
「あ、そう。そんなものないと言っておるのになあ」
「本物の陰陽師なら、そんなことはおっしゃらないはず」
「あれは家業でな。本当の陰陽師ではない」
「じゃ、陰陽師は何処にいるのですか」
「少なくとも、陰陽師など名乗っておらんはず」
「じゃ、探すのが難しいです」
「何度も言うが、お前様が思っているような陰陽師などおらんのじゃ」
「じゃ、陰陽術も」
「うむ」
「それじゃ夢がありません。師匠は陰ですねえ」
「陽気な陰陽師もおるが、それは大衆向け」
「でも師匠は、やはり陰陽師の師匠のつもりでいるのでしょ」
「そう呼ばれておるから従っておるだけ。わしも食っていかねばならぬからのう」
「分かりました。これで失礼します」
「参考になったかな」
「なりませんでした」
 
   了

  




2019年3月4日

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