小説 川崎サイト

 

仙人ヶ原


 大城ヶ原は山頂近くにある原っぱ。つまり高原。山頂には穴が空いている。噴火口。そのためか標高はさほどではないが、樹木はない。その下にある大城ヶ原にも樹木はないが、草はある。里からかなり離れているが、そこから海や港町や、城下町まで見える。そのため、かなり遠くから見られていることになる。
 その大城ヶ原には主がいる。バケモノではないが、小屋暮らしの仙人だろうか。しかし、そちら方面で有名な人ではなく、仙人のような人だという程度。人里離れたところで、ポツンと一人で住んでいるためだ。米は無理だが、芋は育つ。だからこの仙人の主食は松の葉ではなく、芋。
 中腹の原っぱなので、水はない。かなり下まで降りて樹木が茂る沢から汲んでくる。このとき山菜や木の実なども持ち帰る。また、仙人の畑がある。勝手に野菜を栽培しているのだ。
 里の山持ちも、ここは遠すぎるし、ただの原っぱでは何もないので、無視。
 ある日、海辺の城の大天守から山を見ていた殿様が、煙を立つのを見る。噴火の前兆ではない。非常に細いが白い煙が上がっているのが見えた。
「場所が違いますなあ。噴火なら、もっと頂近くです。あの煙が立っているのは、少し下の大城ヶ原でしょう」
 城下近くの港には交易船がたまに入る。そこで土産でもらった遠眼鏡で、殿様は観察する。
「小屋のようなものがあるぞ」
「ああ、仙人の住処でしょ」
「そのようなものがおるのか」
「本当の仙人ではありませぬ。変わり者が一人で暮らしておるとです」
「修行のためか」
「違うと思いますよ。世をすねて、山に籠もったのでしょ」
「世捨て人か」
「そのように聞き及んでおります」
「合いたいのう」
「また酔狂な」
「呼んで参れ」
「かしこまりました」
 家来は山支度をし、大城ヶ原へ向かった。
「殿様がお召しじゃ」
「下界の城主か」
「そうじゃ」
「何用で」
「珍しいので、合いたいとか」
「そうか、珍しいか。承知した。今日はここで一泊されよ。明日の朝一緒に降りよう」
「うむ」
 翌朝城下へ向かったが、何せ遠い。それに家来はかなり年寄りで、途中で一泊した。
 家来は下男を先に帰し、仙人を捕獲したと、城下へ伝えさせた。
 城下に着いた仙人は、城館で殿様と対面した。
「おお、これはまさに仙人」
 そんなはずはないのだが、その後、この仙人風な世捨て人は仙人になった。
 そして食い扶持までもらう。この領主は領地でそれを与えた。村の一部程度の僅かな領地だが。
 しかし仙人の望みで大城ヶ原を頂いた。広大な土地だが、何の価値もない。芋ぐらいしかとれないので。しかし、芋屋ができそうだが。
 この仙人、二代の殿様に仕えた。まだ若かったのだ。
 そして仙人も仙界へ去った後、大城ヶ原は仙人ヶ原と呼ばれるようになり、小屋があった場所には孔子廟のようなお堂が建った。これが仙人廟。
 そして年に一度春霞の頃、煙がよく出そうな木で護摩を焚いた。殿様が遠眼鏡で見たあの煙にちなんで。しかし、あのとき煙が見えたのは奇跡に近い。無風でないと、真っ直ぐ上に登らないためだ。
 この仙人、特別なことは何もしていない。しかしその風貌、仙人そのものだったことだけは確か。
 
   了


  




2019年3月5日

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