小説 川崎サイト

 

引退宣言


「ここしばらく休みすぎましてねえ。復帰する気はあるのですが、根性が緩みました。褌が緩み、パンツのゴムもユルユル。これじゃ何ともなりませんよ」
「長く休養されていたのですからバッテリーも満タンで、元気に戻れるのではありませんか。そのためのお休みだったと思いますが」
「いや、そうじゃない。面倒になってきましてねえ。仕事疲れですよ。仕事に疲れたのではなく、この仕事そのものに疲れたのです。だからやる気がねえ」
「じゃ、精神的なことなんですね」
「復帰しても嬉しくはありません。またあのしんどいことを再開するのかと思いますとね。実際にはやり出すと、元気でやりますよ。生き生きとね。しかし、そのペースに戻すのは大変です。それ以前のところで、終わりますよ」
「しかし大勢の人達が復帰を待っておられます」
「それを言われると辛い」
「休業されてから、ますます価値が出たのです」
「そんないいものではありませんよ」
「ではいつまで休業を続けるのですか」
「さあ、このまま終わってもいいと思います」
「何とかなりませんか」
「まあ、そう言われているうちが花なんでしょうねえ」
「ですから、早い時期に復帰を」
「休んでいるときに思ったのですがね。別にもうしなくてもいいか。このあたりが限界かと」
「いえいえ、まだまだ先はありますよ」
「しかし情熱のようなものがなくなりました。これがないと何ともなりません。火を付けたいのですがね。なかなか燃えませんよ」
「では完全復帰ではなく、徐々の復帰では如何ですか」
「いやいや、今はもう普通の年寄りを楽しんでますからね。敢えて苦しいことをする気がありません」
「じゃ、もう復帰されないと」
「はい」
「じゃ、引退ですか」
「いや、それはまだ早い」
「あ、そうなんですか」
「気が変わるかもしれませんからね。引退宣言はしません」
「しかし、もう引退されたと思っている人がいますよ」
「そうですか。じゃ宣言の必要もないわけだ」
「はい」
「私は長い間自分の時間がなかった。それをやっと満喫しています。欲しかったのは、これだったのでしょう」
「はい、残念です」
「いえいえ」
 
   了



 


2019年3月8日

小説 川崎サイト