小説 川崎サイト

 

風邪と会話


 風邪を引いたのか、竹岡は喉がおかしい。それを感じたのは昼をかなり過ぎてから。朝から体が重いと感じていたのだが、風邪だったようだ。喉に来ているようなのだが、それにしばらく気付かなかったのは、声を出していないため。つばを飲み込んでも痛くない。
 朝から昼過ぎまで、一度も声を出す機会がなかった。そういえばくしゃみもしていた。しかも連発した。あちらこちらで噂になっているわけではない。この連発で気付いたのだが、少し疑っただけ。くしゃみは一発だとホコリでも入ったとき、たまにある。しかし、連発となると、これは風邪を疑うべき。
 はっきりと風邪だと分かったのは昼過ぎに声を出す機会を得たため。店屋で、ああとか、はいとか、言おうとしたのだが、声が出ない。出るには出るがガラガラしているようで、通りが悪い。これが歌手なら大問題だが、少しかすれ声になる程度。しかし綺麗な声を出すには、かなり力がいる。通りが悪いためだ。
 そのあと、マイクのテスト中のように、あーあーとか、小さな声を出してみたのだが、やはりガラガラしており、しかも響く。そして最初の一発目の声が厳しい。
 竹岡は一日の中で、声を出す機会を数えてみた。ほとんどはアーとかウーとか言っている程度で、単語以前だろう。まあ、行きつけの喫茶店などは無言。黙っていても注文品は出てくる。軽い会話などもない。犬や猫程度の言葉だ。これを言葉と言えるかどうかは分からない。唸っているだけとか。擬音とか。
 そういえば長い間、人とそれなりの会話などしていないことに気付いた。たまに人とばったり会い、二言三言話すことはあるが、挨拶程度。それでも竹岡にとってそれは長セリフになる。覚えられないような。しかもそのほとんどは短い。まあ、それで用が足せる。習い立ての外国語で単語だけを並べて話しているようなもの。相手もそれなりに意味は分かるようだが、話し言葉としてのレベルは低い。まあ、通じればいい程度なら、問題はない。
 外でまったく喋らない人。または無口な人が一人で部屋にいるとき、べらべらべらべら長セリフ吐き倒すとは限らないが、頭の中では喋っているのかもしれない。そして長い会話のラリーも。
 どちらにしても声が出しにくかったことで、これは風邪が入ったと分かり、その日は大人しくしておこうと平岡は決めた。
 仕事などで喋ることが多い人は、こういうとき、大変だろ。まあ、風邪で声がガラガラというのはよくあることだが。
 
   了



 


2019年3月9日

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