小説 川崎サイト

 

旬番町見回り組


「このあたり、得体の知れぬものが闊歩しております」
「あなたでしょ」
「え」
「あなたがウロウロしているのでしょ」
「そうでしたか」
「そうですよ。誰もこの夜中歩いていない」
 と、いった瞬間、その人が問題になる。誰も歩いていないのだから。
「そういうあなたは誰ですかな。もしやして得体の知れぬ者では」
「そういうあなたは誰ですか」
「ワシはこのあたりを巡回しておる者」
「巡回」
「得体の知れぬものが出るので、それを見ています」
「見てる」
「はい」
「見てるだけ?」
「突き止めます。何者かを」
「で、何処の誰です。あなたは」
「旬番町の者です」
「遠いじゃありませんか。そんなところからわざわざ見回りに」
「有志です」
「はあ」
「で、あなたは」
「私はこの町内の者ですよ」
「でもどうして夜中に」
「散歩ですよ」
「じゃ、あなたでしたか、得体の知れぬ者とは」
「知られていますよ。このあたりの人は顔見知りですからね。何処のどの家の者なのか」
「じゃ、やはり、ワシですかな、怪しいのは」
「見たことのない人ですしね」
「しかし、このあたりに得体の知れぬ者が徘徊しておると聞いて、来ているのです」
「どうして」
「え」
「わざわざそんなもの、見に来ることはないでしょ。それと、誰からそんな話を聞いたのですか」
「同じ見回り組の者からです」
「見回り組?」
「旬番長にその組織があるのです」
「組織?」
「有志の集まりです。得体の知れぬ者を監視する組織です」
「私は毎晩、夜中、散歩に出ていますが、怪しい人など見かけたことはありませんよ。今夜あなたを見るまではね」
「じゃ、仲間の見間違いかもしれません」
「もしかして、その仲間が見たのは私かもしれませんねえ」
 見回り人はドキリとした、というより最初からそうであることは分かっていたためだ。
「私が疑われているのですね」
「いえ、この町内の人なら、別に怪しくはありませせぬ。だから一応確認をとりたかっただけです」
「あ、そう」
 そのとき、影がそっと動いた。
「もう一人、来ているのですか」
「あ、そうです」
「じゃ、二人一組で」
「そうです」
「挟み撃ちするため」
「いえいえ」
「じゃ、誤解が解けたので、失礼しますよ」
 物陰に潜んでいたもう一人の見回り組の相棒が出てきて、二人で、その男を尾行した。
 この町内の者だと言っているが、本人が言っているだけなので、信用できないため。
 夜中の散歩人は一回りしたあと、また、戻ってきて、その近くにある家に入った。
 やはり、この町の人だった。
 その男、その後、旬番町を訪ね、見回り組について聞いてみたが、そんな寄り合いのようなものはないことが分かった。
 
   了
 


2019年4月4日

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