小説 川崎サイト

 

遊園地跡の花見


「寒いですなあ」
「花冷えです」
「桜は満開でちょうどなんですがね。花見に行く気が起こらない」
「春らしくないですからねえ」
「そうですよ。真冬に逆戻りだ。こんな寒空で花見は無理」
「でも紅葉狩りの頃は、寒くても出掛けたでしょ」
「ああ、紅葉シーズンねえ。でもそれほど寒くはない」
「まあ、気持ちの問題でしょ。冬になる覚悟で行く紅葉狩りと、暖かくなったと思い、行く花見とでは」
「昨日なんてアラレかヒョウか、そんなのが落ちてきましたよ」
「上空に冷たい空気が来ていたのでしょ」
「晴れていたのですがね。俄に降り出した。降っているときも陽射しがありましたが、黒くて高い雲が見えていましたよ」
「青空は」
「同居してます」
「私は昨日はコタツの中で丸くなっていたので、出ていないので、分かりませんでした」
「凄い音がしましたよ」
「あなたが住んでいるところ、離れているので」
「私は花見に行くところでした。だから出先です」
「ニュースにありませんでしたよ」
「そうでしたか」
「まあ、天気予報は予報で、終わったことは言わないですがね。余程被害でも出ていない限り」
「はい」
「ところで、何処へ花見を」
「ケーブル駅の近くです」
「ああ、少し遠いですよ、その山は。麓に遊園地がありましたねえ」
「もう、なくなってます」
「あ、そう。しばらく行ってませんので、それは知らなかった」
「その跡地が公園になりましてね。遊園地時代に植えた桜がいいのですよ。名所です」
「それも知らなかったなあ。それで、アラレかヒョウが降っているのに、花見ですか」
「ですから、晴れていましたから、降るとは思わなかったので」
「それで、行かれたのですね」
「いや、途中で引き返しましたよ」
「その気分になれなかったのですね」
「そうです。寒中花見。それも雨ですよ。春爛漫らしくない」
「まあ、そうでしょうねえ」
「ところで」
「何ですか」
「ケーブル駅はまだあるんですか」
「冬場は動いていません」
「もう花見の季節なので、動いているでしょ。あの山上からの眺めもいいし、桜も咲いているでしょ。だから、きっと動いていますよ」
「駅から降りて、遊園地跡へ向かうときに天気が崩れたので、駅前の喫茶店でソーダ水を飲んで戻りました」
「ソーダ水」
「はい、出掛けたときは、必ず飲むのです。スーとしますから」
「あ、そう」
「人出は」
「結構ありましたよ。荒れるという予報はありませんでしたからね。少し寒い程度です」
「いま、満開ですよ。今から行きませんか」
「だから、こう寒いと花見は」
「まあ、そうおっしゃらず、その遊園地跡の桜を見て、ケーブルで山上へ行き、春の下界を見ましょうよ」
「いや、寒いので、遠慮します」
「そうですか。そりゃ残念だ。じゃ、一人で行くことにしますか」
「それは辞めた方がいいかと」
「風邪を引くからですか」
「いえ、その場所は」
「え」
「行かない方が」
「遊園地跡でしょ」
「はい」
「何かあるのですか」
「実は」
 
   了

 


2019年4月5日

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