小説 川崎サイト

 

夢の入学式


「これは昨夜見た夢なので、そのつもりで聞いて下さないな」
「はい」
「入学式に行ってまいりました」
「お孫さんの」
「いや、私です」
「高齢の方が入学したとか、卒業したとかのニュース、たまに見ますね」
「さあ、私は何歳なのかは分かりませんが、おそらく今の年でしょうなあ」
「あなたの入学式ですか」
「そうです」
「何処の」
「それがよく分からないのです。何処かで見たような、見なかったようなと、それは曖昧なのですが、校門に日の丸が出ています。しかし、静か。おそらく入学式だけしかその日はしていないのでしょう。桜も咲いています。これがまた古そうな幹でしてね。姥桜でしょうか」
「はい」
「講堂があります。今でいえば体育館のようなもの。まあ、屋内で全校生徒が集まれる場所はここでしょ。窮屈ですがね。ところが、その講堂、新入生が少ないのか、数人しかいません。壇上に先生らしき人がいますが、一人です。椅子に座っていますが、ピアノの近くでしてね。そこに机がありまして、そこで何か書きものでもしているようです」
「ピアノは」
「ピアノは、ピアノだけで、その横です。ピアノは正面から見ると斜め横を向いています。その並びに机があり、先生らしき人が座っています」
「はい」
「私は先に来ている三人の後ろに座りました。床は板です。これで時代が分かりますねえ」
「はい」
「椅子はありません。だから先の三人は適当に座っています。正座ではないことは確かです。まあ、運動場で座っているのと同じ姿勢でしょうが、一人は足を投げ出しています」
「それは入学式ですか」
「はい、講堂の扉に入学式の飾りがありました。それに日時も合っています」
「はい」
 壇上にいる先生が、何か紙切れを持って下りてきました。小さな階段があるのですが、飛び降りたようです。それで膝が少し痛いのか、足を引き摺りながら、名前を呼びながら紙を配っています。先の三人、そして私も、その紙をもらいました。無言です。読むとクラス名が書かれていました」
「はい」
「私達は教室へ向かいましたが、何せ初めての校舎。ほとんどが教室でしょうが、一年生の教室を探さないといけません。それで、講堂を出て渡り廊下を通り、校舎に入りました。取っ付きの教室は職員室でした。その先にクラス名が書かれたものがぶら下がっているので、そちらへ向かいました。一年と書かれていたので、ここですね。取っ付きにあるので探しやすい。
「はい」
「それで私は三組でした。先の三人のうち一人は一組のようで、そこで消えました。私は一つ置いて三組なので、そこに入りました。あとの二人は四組とか五組でしょう。そのまま進んで行きました」
「はい」
「教室に入ると、誰もいません」
「一クラス一人ですか」
「そうかもしれません。それで、適当なところに座り、じっとしていました。でも誰も来ません。担任の先生が来ると思い、待っていたのですが」
「それでどうされました」
「授業は明日からです。だから今日は帰ってもいいのかもしれません。それに講堂でクラス分けの紙をもらいましたが、それが入学式だったのかもしれません。それで終わりです」
「はあ」
「それで、教室を出ますと、先の三人も出てきたようです。誰も来ないのですからね」
「はい」
「それだけです」
「え」
「これが夢の全てです」
「はあ」
「一言も発していません」
「そうですねえ」
「セルフサービスの学校なのかもしれません」
「夢は本当にそこまでなのですか」
「もう少しあるのですがね。内容に変わりはありません」
「聞かせて下さい」
「教室から出て渡り廊下ではなく、直接運動場を横切って校門へ向かいました。もう講堂には用がありませんからね。そして開け放たれた校門もそのままで、日の丸もそのままです。それを見ながら、外に出ました」
「何処に」
「え」
「校門の外は何処です」
「さあ」
「分からないと」
「そうですなあ。見たこともない場所です」
「その学校。小学校じゃないでしょ。そんなに幼くはない。だから中学校」
「そうだと思います。校舎は木造でした」
「それであなたは中学生」
「いえ、今の年だと思います」
「先の三人は」
「同じ世代の年寄りでした」
「だから、普通の入学式にはならなかったのでしょう」
「はあ」
「そこへ入ってはいけないし、そんな用件もない。しかし来てしまったので、仕方なく、入学式としての最低限のことだけで終わったのです」
「最低限とは」
「クラス分けです」
「ああ。そうだったのですか」
「しかし、それらは全て夢の話でしょ」
「そうです」
「夢は荒唐無稽、しかし、何か意味するところを突き刺しているかもしれませんねえ」
「ああ、はい」
 
   了


 
 
 


2019年4月11日

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