小説 川崎サイト

 

等々力村綺譚


 連休に入り、時間ができたので、高峯は等々力村に行くことにした。これは里帰りではない。遊びに行くのだが、それはただの行楽でも観光でもなく、見学。これは似たようなものだが、特殊なものを見に行くので、ここが違う。一般公開されているのかどうかは分からないが、歓迎されないだろう。なぜなら閉ざされた村のため。
 その情報はネットで見たのだが、一応秘境とされているが、そんな山奥ではない。等々力村の周辺には町があるし、村もある。ただ、等々力村だけぽつりとあり、陸の孤島。しかし辺鄙な場所ではなく、一村だけ離れたところにあるだけ。
 ここは終わった村ではない。住む人がいなくなったとか、不便なので、引っ越したというわけではない。実際にはそのように見えるのだが、実は自主的に出ていったらしい。
 それから十年も経っていない。その近くで廃村になっている村はない。町も近いし、便も悪くない。人は減ったが、人がいなくなるほどではない。また、町から引っ越してくる人もたまにいる。この一帯の村は冬などは行商などを昔やっていたのか人慣れしており、よそ者を寄せ付けないようなことはない。また、近くに一寸した観光の寺があり、外から来る人も結構いる。だから閉鎖的な土地柄ではない。
 では何故、等々力村だけが消えたのか。高峯はこれに興味を持ったが、それなりに理由があるのだろう。しかし、村人が去ってから十年以上経つようで、その間、この村に用事はないためか、人は滅多に立ち入らない。
 近在の子供達も、等々力村は遠いので、そこまで遠出しない。これが通り道にあるのなら別だが。
 JRで、大きな町に降り立ち、そこから支線が出ているのだが、これは廃線になっており、バスが出ている。またこのあたりの人の足はほとんど車だ。支線はなくなったが、元々便が少ないので、乗る人が減り続け、消えただけ。なくてもかまわないような支線で、これは地元の有力者が議員になったときの公約で作った経緯がある。
 高峯は駅前の大きなバスターミナルから等々力村に一番近い町まで行く。車内は観光客が多く、終点近くにあるお寺のある町で下りるのだろう。
 町で下りた高峯は、そこからまたバスに乗り換え、等々力村に一番近い村で下りる。この村も結構大きく、元気そうだ。小学校などは鉄筋コンクリートで、立派なものがある。廃村になる雰囲気はない。そこから少し離れたところにある等々力村が消えたのが不思議なほど。
 等々力村へのバスはない。袋小路の行き止まりのような場所にあるためだろう。
 そして村人に等々力村のことを聞くが、案の定そっぽを向かれるか、途中で顔色が変わる。禁句のようだ。
 その禁句を我慢できないのか、一人のお喋りな婆さんが、怖い顔をしながら、話してくれた。
 お決まり通り「行ってはならぬ」を繰り返す。
 等々力村で十年前、何があったのかと聞くと、知らないという。本当に知らないようだ。近くの村なので、知り合いもいるはず。それについて聞くと、挨拶もなく、引っ越したらしい。
 その後、等々力村へ行ったことがあるかと聞くと、二回行ったが、最初の頃だけで、その後は行っていないとか。
 等々力村を見に行った他の村人も似たようなものらしく、その後は行ってはいけない場所になったらしい。
 村人に等々力村のことを聞くといやな顔をするのは何故かと聞くと、これといった理由はないらしい。だから、誰も話すのを禁じているわけではないし、暗黙の了解ができているわけでもなさそうだ。
 最後の最後、婆さんは小さな声で教えてくれのだが、ややこしいものが棲み着いているとか。それに乗っ取られたのだろうということ。
 婆さんは、ここでの語り口が一番冴え渡った。名優が小さな声で、抑揚を抑えたロートーンで語るような感じ。
 これで、お膳立てができ、盛り上がってきたので、このへんでいいだろうと思い、高峯は等々力村へと向かった。
 婆さんは家に戻り、灯明を付け、ゴニョゴニョお経を唱えだした。
 夕方前、高峯は村に戻ってきた。
 ただ、顔色が出るときとは違っていた。
 
   了
 


2019年4月30日

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