小説 川崎サイト

 

海老固め


 妖怪博士は学会の帰り道、少し古い街並みが残っている一角が見えたので、誘われるように入って行った。
 学会は場違いな場所だったようで、信仰の話。だが中身は神の存在をどう論理的に説明するかで、今は科学的に説明する時代になっているということ。そんな場に妖怪博士が呼ばれたのはおかしな話だが、どうも集まっている人達も怪しそうなので、その共通点で、場違いが多少なりとも理解できた。
 結局は神とは宇宙人だったと最初から決まっていたようで、そこで妖怪博士はがっかりした。そして妖怪博士が呼ばれたのは、神が宇宙人なら仏も宇宙人、その出来損ないのような妖怪も宇宙人ということで、その痕跡を尋ねられたが、ストライクゾーンがそこしかなく、それを外すと場違いな人になるため、適当に誤魔化した。
 しかも参加費がいったらしい。だが妖怪博士はゲストなので、それは免除された。
 世の中には色々ある。だからこういうことも含まれて当然だが、何かすっきりとしないので、気晴らしで散歩を楽しむことにした。
 その古い町並みの一角から中に入ると、二角三角となり、奥へ行くほど現代が遠ざかるような気がしてきたが、しっかりとエアコンなどは付いている。それにこの国の、今の道路標識もあり、崩れかけた壁などには何処かの党のポスターで補強されている。まったく敵同士の党がここでは仲良く並んで貼られている。
 さらに進むと、祠などがある。古い町内には付きものだろう。神社はなくても、こういうスポットが辻々にあったりする。
 信仰の話、神の話を聞いていたばかりなので、妖怪博士は、祠へと近付いた。同じタイミングで、横から老婆が腰ほどの高さでやってきた。上は曲がっているのだろう。
「何を祭っておるのですかな」
「知りませんが」
「あそう。でも、お参りに」
「願い事を聞いてもらうためです」
「効きますか」
「そんなものあなた、効いたら大変なことになりますがな」
「いやいや、叶えてもらうために来ておられるのでしょ」
「そりゃまあそうですが、願えば叶うのならこんな楽なことありませんよ。わたしだけやのうて、お参りに来た人全部の願いを聞き入れてもうたら、大変な騒ぎですやろ」
「じゃ、そんな信仰ではないと」
「こうしてお参りしておりますと、気が安らぐのです。願いなんか叶うのはどだい無理だとしましても、何もせんよりは、こうして参っている方が気晴らしになりますし、気持ちもいいのですよ」
「気持ちがいい?」
「あなた、神参りしたことないのですか」
 妖怪博士は神仏に願を掛けたことはない。一度も神や仏に願い事など言わない人なのだ。
「参考になりました」
 話はこれで終わりと言わんばかりに、婆さんは祠の賽銭箱に一円玉を投げ入れ、何やらゴニョゴニョ音を出し始めた。猫が喉を鳴らしているように。この振動が気持ちがいいのかもしれない。マッサージ屋へ行くより安上がりだろう。電動按摩機もいらない。
 喉を鳴らす。喉には何がある。喉仏。
 信仰も枝分かれし、色々なものが混ざり合い、原初から見れば、まったく別のものに化けている可能性がある。信仰は土地土地で変化することもあるのだろう。そして変化の果ての一つがこの町角に残る祠かもしれない。
 神仏の変化、信仰の変化。「へんか」を「へんげ」と読めば、そのまま妖怪変化となる。
 だから妖怪とは何かが何かと混ざり合い、変化したものかもしれない。神仏の雑種かもしれない。
 しかし神仏は人が作ったもの。だから妖怪も人が作ったもの。それにかわりはない。全ては人の中のものが飛び出したものだろうか。
 妖怪博士はそこまで考えたが、神は宇宙人かもしれない。だから、そこは断定してはいけない。本当の神仏が現れ、本当の妖怪と遭遇するかもしれないのだから。
 この世は全て作り事。というセリフで終わるホラー映画があった。
 妖怪研究家としては、最初に結論を持ってきたのでは研究などする必要はない。この世は分からない。だからいいのだ。
 腰ほどの高さの婆さんはお勤めを終えたのか、背が高くなっていた。祠の神様に海老固めでも掛けてもらったのだろうか。
 
   了
 
 


2019年5月3日

小説 川崎サイト