小説 川崎サイト

 

キンピラ御坊

川崎ゆきお

 


「御坊のおっしゃる通りです」
「誰が牛蒡やねん。わしはキンピラゴボウになる運命か」
「そういう意味では…」
「言葉の間違い即お人柄を表す。早稲田大学をはやいねだ大学と言う奴は、既にその時点で入試資格なし。赤穂をあかほと読む奴もしかり。よいな若い者。言葉の間違いは命取りぞ。間違った瞬間、君への信頼性はゼロとなる。今後何を語ろうと、むなしゅう聞こえるのみ。

「あのキンピラ御坊、ごっついフード、首の後ろに立てて、百人一首の坊主めくりみたいな奴や。見ただけで不吉や」
 新入社員研修できている清原が同期社員にぼやく。
 京都は寺町にある名もない禅寺。この一帯、小さな寺が住宅のように並んでいる。
「もう、こんな芝居やめて欲しいわ」
「芝居か。まあ、それはそうやけどねえ。新入社員は全員これをやらないと駄目なんでしょ」
 新卒採用の清原より三つ年上の奥田が煙草をふかしながら言う。
 他の二人は布団の中でケータイメールを打ち込んだり、ゲームをしている。
 二十人は雑魚寝できるほどの大広間で、寺側は宿坊と呼んでいる。本堂や庫裏よりも大きな建物で、普通の家が庭に二階建ての文化住宅を建てたような感じだ。
 檀家は近所にはなく、亀岡の山寺からここに引っ越してきた。
 座禅合宿契約を数社と結んでいるが、年々契約数は減っている。
 しかし、町中にある宿坊施設が受けて、研修会やイベントなどでも利用されている。
「こんなんで、精神修行になるのかなあ」
 と、清原は布団の上で液晶画面を見入る同僚を見ながら呟く。
「まあ、これも仕事やからね。仕方ないやろ。住職も、そこはもう分かってるから、お互いに芝居を続けたらいいんだよ」
「効率が悪いと思うけどなあ」
「精神修行に出したことが大事なんよ」
「もし悟ったらどうするの」
 奥田は、少し考える。
「悟ったらビジネスマンなんかできんやろ。欲の塊の世界やんか、うちの会社。ゴルフ場開発会社が緑を大事にしましょうというコマーシャルやるのと同じやんか。緑を大切にするんやったら、ゴルフ場なんか作られへんやろ」
 と、清原が毒づく。
 階段を駆け上がってくる音がする。かなり慌ただしい。
 襖を開け、住職が入ってきた。
 今日の修行は終了したはずだと四人は不審がる。
 特別な研修がいきなり始まったわけでもなさそうだ。
 住職の顔色が悪い。真っ青だ。
 演技にしては真に迫りすぎている。
「悪いがここに居てもええか」
 住職の唇は紫色に膨れ、病んだ性器のようにグロテスクだ。
「何かありましたか御坊」清原が聞く。
「あったどころの騒ぎやない。出たんや」
「出た?」
 「お化けですか?」奥田が口を挟む。
 住職は頷く。
 ケータイを弄っていた徳田と有馬も、驚いた顔で住職の顔を見る。
「わし、今夜はここで寝る。どや、ええやろ?」
「ああ、御坊の家ですから…ここ。どうぞご自由に」
 奥田はそう答えながら、鼻の穴が笑っていた。
 キンピラ御坊は演出過剰な僧衣は既に脱いでおり、ジャージ姿だ。
「衣装はどうなされました?」
 衣装と言われ、住職は眉を動かすが、迫力はない。
「トイレに立ったとき、本堂の方から妙な音とも何とも言えんもんが聞こえてきたんや。こんなことは初めてや。仏壇の奥にある厨子の扉が開いたり閉まったりしとる。中から微かに光が…」
「それはお化けではなく、仏の奇跡では?」
「奇跡?」
「ありがたい仏様の…」
「そんなはずはないし、そんなこと、聞いたことないし」
「そやけど、お寺さんやったら、色々と怪現象があってもおかしないと思うけどなあ。慣れてるはずやと思うで」と、清原が皮肉っぽく言う。
「廊下から、その様子見てた。しばらくしたら光は消えた。妙な音も止んだけど、足が震えてガタガタじゃ」
「住職は一人暮らしなのですか?」奥田が聞く。
「昼間は手伝いの老夫婦が来てくれてるけど。夜は一人や」
「それだけでも怖いですね」
「寺で生まれ育ったんやから、怖いとかはない」
「ここへ引っ越すまでは、別の住職がお寺さんをやっていたのでしょ」
「後継ぎがおらんようになって、廃寺になってたから、引っ越してきた。建物だけは前の寺のものや。もう二十年になる」
「前の持ち主時代に何かあったのでは?」
「それやったら、引っ越してすぐに何か起こってるやろ」

 翌朝、五時から本堂で四人は座禅の真似事をした。
 住職は派手な僧衣に着替え、キンピラ御坊に変身しているが、ジャージ姿の間抜けた寝顔を見てしまった四人には、もう威圧感はない。
 説法も今朝は省略された。

 宿坊の一階は食堂になっており、四人はカロリーの低そうな精進料理を食べた。賄いの婆さんが奥で鍋を洗っている。
「キンピラ御坊、元気なかったなあ」
 清原がほうじ茶をすすりながら言う。
「これで研修も楽になるから、まあ、ええけどな」
「一皮むけば、みんなただの人間と言うことやね。キンピラ御坊僧衣脱いだら、ただのおっさんだね」
「そやけど、奥田さん。夕べ、キンピラ御坊が体験したの、何やろなあ?」
「清田君」
「何ですか、奥田さん」
「君だろ」
「え」
「君が仕掛けたんだ」
「僕ら四人、ずっと一緒やないですか。そんな小細工できませんよ。何を考えているのですか、奥田さんは」
「トイレ行くとき、本堂の前の廊下通るやろ。仕込むのはわけがない。片づけるのもな」
 残る三人は黙って聞いている。
「しかし、あんなことで、住職が狼狽するとはなあ。簡単なトリックや。君らも気づいてるはずや」
「どんなトリックですか? 興味あるなあ」
 清原が奥田に詰め寄る。
「二階の窓から下見たら、中庭が見える」
「本堂は見えませんよ」
「廊下は見える。その廊下は便所へ続いてる」
「そうそう、合宿所やのにトイレがないねん。不便や」
 清原が相づちを打つように言う。
 徳田と有馬は、関わりたくないのか、黙っている。
「住職が便所へ行くのが見えるわけね」
「つまり、そのタイミングで脅したのですか?」
「おそらく」
「誰が」
「昨夜、ここにいたのは住職を含めて五人」
「そしたら、僕らの中に犯人が」
 清原は徳田と有馬を見る。
 二人とも機嫌の悪そうな顔をする。
「外部からも可能やけど、トリックがばれたときは犯人も割れるから危険やな」
「奥田さんはトリックが分かっているのですか?」
「まあな。難しいことやないから」
 そのとき、ファンファーレが鳴った。
 奥田以外、虚をつかれたように、びくりとなる。
 奥田はポケットからケータイを取り出した。
「まだ、合宿中。終わったら、連絡する」
 徳田はケータイをパチンと畳みながら、
「分かったやろトリック」と、三人を見回した。
「トイレに行くときにケータイを厨子に入れる。バイブモードでな。住職が本堂の前の廊下に来たときに電話する。バイブは厨子の中で振動する。かなり振動することは知ってるわな。厨子の扉が開くかもしれん。着信ランプが点滅し、薄暗い本堂の仏壇を妖しく照らす。犯人はトイレに行ったとき、ケイタイを戻す。簡単なことや」
 徳田と有馬は、なるほどとばかりの顔で、にんまりしている。
 清原は困ったような顔だ。
「もうええやろ、清原君」
「脱帽」
「新規購入で、前の機種、ポケットに入れたままで、まだ解約してなかってん」
 清原はケイタイを二つ取り出す。
「キンピラ御坊のキンピラ剥がしたんやから、これで満足だろ」
「まあな」

 住職はその後、トイレへ立つのが今でも怖いらしい。

   了

2004年2月10日

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