小説 川崎サイト

 

グル友


 あれは誰だろう。と、思うものの、ほぼ毎日なので、そのうち気に留めなくなる。そういう男が社員食堂に来ている。所属は分からないが、社員だろう。取引先の人間がたまにいることはあるが、見知った社員と一緒のことが多い。
 社員食堂は安い。半額以下だろうか。それを狙って外から入り込む人間もいるが、それも数日続かない。あまり旨くないためだ。
 そこへ重役の本田専務が入ってきて、定食を食べている。おかずは選べない。日替わりとなっているが、ほぼ同じようなもの。
 本田専務は社員の顔を見るために来ているようなもの。それで、この専務の顔を知らない社員は今ではいない。必ず誰かに声を掛ける。だから社員のほとんどは専務とじかに話したことがある。
 隅の方にいる例の男を専務はじっと見ていたが、やがて近くまで寄り、声を掛けた。当然男はその前に軽く頭を下げ、箸を置いたが。
 そしてしばらく話し込んでいた。
「明日、頼めるかね」
「はい」
 翌日も、その男が来ていた。前日専務と話していたのを他の社員も見ているので、やはりこの社の人だろうという程度。しかし所属が分からない。
 そこにまた専務が現れた。今度は食券を買わず、そのまま男に近付いた。
 男も何も食べていない。まだ注文していないのだ。
 そして二人は出ていった。
 きっと本田専務のお眼鏡にかない。特命を受けたのではないかと、他の社員は羨ましがった。
 社員食堂を出たところはまだ社屋内。その廊下沿いに小部屋がある。立ち入り禁止だ。中は実は休憩室のようなもので、半ば物置。倉庫だろう。だが仮眠できる場所もある。
 その部屋の奥にドアがあり、そこを開けると、地下街に出る。このビルの地下と地下街通路が繋がっているのだ。外部から社員食堂へ入り込むの場合、ここを使う。
「キスの天麩羅ねえ」
「そうです」
「じゃ、行きましょ」
 この二人を尾行していた一人の社員は、最終的に定食屋に入って行くのを見届け、すぐに戻った。
 ただのグルメ繋がりだろう。しかし、実はグル友で、キスの天麩羅定食を食べながら、密談を始めていた。
 
  了

 


2019年5月15日

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