小説 川崎サイト

 

蘊蓄


 人は同じものを見てる場合、同じ見え方をしているのだが、多少は違う。その程度なら問題はない。視力の問題もあるだろう。しかし、そこに知識などが入り込むと目で見ているのではなく、頭で見ている。だから同じものを見ていても解釈が違うのだろう。その解釈とは御託のようなもの。これは神様の神託ではなく、いい意味ではない。ゴチャゴチャと御託を並べるとかの、あのゴタクだ。これは蘊蓄といってもいい。
 まあ解釈のことだが、そうなると分かりやすい視覚的なことの中にストーリーが加わり、途端に見えなくなる。物語世界に入るためだろう。それは見えているだけのものではなくなる。動きがあり、ドラマがあり、因果因縁があり、世界観まで加わる。
 知らない人にとっては見えていないものの話になる。そうなると、もう見えているだけのものとは違った世界までいってしまう。
 訳ありのことを知っている人達の話。訳の分からない人にとっては、初めて聞いたり、またはある程度知っていても、違う解釈だったりする。
 島田の先輩がそういう人で、蘊蓄を語り出すと際限なく続き、聞いていないことまで綿々と喋り出す。結局は自慢話。
「困ったものです」
「清原君のことかね、島田君」
「そうです」
「まあ、君の先輩なので、何でもはいはいと聞くべきだろう」
「間違っていません?」
「何がかね」
「先輩のおっしゃること。本当なのでしょうか」
「月の裏に何種類もの宇宙人がいるとかの話じゃないでしょ」
「そこまでかけ離れていませんが、独自なのではないかと、最近思いまして」
「独自?」
「はい、他の人の意見も聞きたいと思います」
「それはやめておきなさい。先輩との関係が悪くなる。良くても悪くても素直に聞きなさい」
「はあ」
「聞き流せばいいんですよ」
「そうですね。聞くだけで」
「相槌ぐらい打ちなさいよ。バレますよ」
「あ、はい」
「それと驚くことです」
「ああ」
「すると清原は調子づいて、もっと語り出すよ」
「まずいじゃないですか」
「聞いているだけでいいんだ。彼は知識や経験を披露したいだけ。だから凄いです、凄いです、をいってやれば、それで問題はない。馬鹿なやつだ。どう思われているのかに気付かないんだからね」
「しかし、先輩の話は本当でしょうか。僕は知らないので、よく分からないのです」
「彼の中で出来上がった世界だよ」
「ということは、独自すぎて」
「そんなこともない。当たっていることもある」
「じゃ、素直に聞き入ります」
「そうしなさい。大成しなかった残念な人だ。だから人助けだと思って」
「はい」
 
   了


2019年6月15日

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