小説 川崎サイト

 

魔練り斬り


 剣の達人がいる。それは色々いるだろう。そういった個人技しか使わなくなったような時代、合戦向けではないが、そちらのほうが実用的になった。武士も大小を差しているだけで、槍や弓や鉄砲など本当に役に立つ武器を常に持ち歩いているわけではない。そんな合戦がほぼなくなったため。
 それで伸びたのが個人技。団体戦ではなく、一対一でやり合うような、所謂武術。
 武者振りを示そうにも合戦がなく、敵の大将首を持ち帰れば出世するような時代ではない。
 そういった時代、剣の使い手が大勢出た。そのなかに魔練り斬りの達人として恐れられた武者がいた。その中身は狂剣。要するに狂ったように刀を振り回す。これは子供がやるような仕草に似ているが、一番剣の使い方としてはふさわしいのかもしれない。
 当然、名を売るための剣術。だからただの浪人者。あわよくば大藩に仕官できればいうことはない。
 ただ、剣の筋が悪い。だが、強い。
 この魔練り斬りは複数相手で戦うときに最も効果があるとされている。だから試合ではなく、リアルな乱闘などに役立つ。
 剣術大会のようなものが流行りだし、御前試合とかが多くあり、魔練り斬りの達人はその多くで勝っていた。この流派そのものは個人の技で、一人だけの流派。
 そのため、達人といっても一人しかいないので、比べる相手がいない。だから競い合う相手がいないのだから、達人となる。
 しかし、実際には他の武芸者をなぎ倒してきたので、それだけでも十分達人だろう。
 あまりにも強いので、魔練り斬りの弟子になる者が増えた。実はこれも目的の一つ。弟子を取れば金が入る。ただでは教えない。主従の関係なら主人が家来に食い扶持を与えるが、剣術の弟子は金を払わないといけない。そのかわり、ただの弟子なので、いつでも縁は切れる。まあ、月謝を払うようなもの。
 ここでは入門料だけを取る。かなり大金だ。しかし月謝は払わなくてもいい。なぜなら弟子はすぐに辞めるので。
 一人の弟子が魔練り斬りの極意を聞いた。これは最後に与える巻物に書かれているのだが、既にそれを読んだ上で聞いている。
 つまりここでは入門と同時に免許皆伝。もの凄く敷居が低い。まるで免許皆伝の巻物を売っているようなもの。
 魔練り斬りとは魔物のように練り斬ること。魔物が練り歩くように。
 極意はこの魔物になりきれるかどうか。ここでは単に狂うかどうかだが、それはなかなかできるものではない。
 これは死を決意した死にもの狂いの死兵に近い。死兵を相手にすると大怪我をする。だから近付かないし、相手にしないほうがいい。
 魔練り斬りは、死兵ではないが、狂兵。所謂狂戦士。まともな精神状態ではない。この境地に至れば、普通の敵なら普通に倒せるらしい。
 だから魔練り斬りの構えとかはなく、やたら剣を振り回す。しかも魔物に魅入られたように。これは不気味だ。そして怖い。目がもう違っているためもある。そして動きも。
「それができるのは師匠だけだと思います」
「そうか、簡単なのじゃがなあ」
「師匠だけです」
「あ、そう」
 この流派はすぐに廃れた。本人が引退したためだ。一度も負けたことはない。
 あとを継ぐ者も、弟子もいないし、諸藩も薄気味悪いので雇わなかった。
 見た目が悪かったためだろう。
 
   了




2019年7月28日

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