小説 川崎サイト

 

暑中見舞い


 毎年夏にだけ顔を出す友人がいる。夏だけで冬は来ない。用事はほとんどない。だが習慣化したのか、まるで年中行事。ただ行事らしきものは何もない。
 上田は学生時代からのボロアパートに今も住んでいる。就職が決まったとき、もっと便利な場所に引っ越そうとしたが、その前に辞めている。そういうことが繰り返しあり、なかなか引っ越せない。どうせまた辞めれば高い家賃のところから戻らないといけない。
 だからボロアパートに棲み着いているので、古株になっている。入り手が年々減るのは古くて汚いだけではなく、風呂がないため。だからかなり安い。
 そこへ学生時代からの友人が毎年遊びに来るのだが、特に親友ではなく、まあまあの友人。だから付き合いも適当で、深く絡むこともなかった。それが幸いしたのか、意外と長い付き合いになる。揉めたり喧嘩をしたり、意見の相違で嫌になるようなことはない。その手前までの付き合いのためだ。
 そして今年も暑いさなかやってきたのだが、これが例年よりは早い。いつもはお盆頃に来る。連絡も何もなくいきなり来る。そのとき偶然部屋にいることが多い。もし留守のときも、また出直してくるのだろう。
 その夏、来るのが早いので、何かあったのかと心配になったが、今までは残暑見舞いだが、今年は暑中見舞らしい。まるでハガキだ。それにしては年賀状は来ないが。
 特にもてなすわけではなく、学生時代と変わらず、冷蔵庫にある冷たいものを出す程度だが、いつも友人が近くの酒屋で缶ビールとバターピーナツを土産に持ってくるので、用意もいらない。それにいきなり来ても、持ち込んでくれるので助かる。
 しかし今年は缶ビールではなくコーラを持ってきた。身体を壊したので、アルコールは控えているらしい。しかしバターピーナツはいいのだろう。
 また、早い目に来たのは、就職するので、もう遊びに寄れないとか。
 それまで遊んで暮らしていたわけではないが、普通の会社員にはなっていなかったはず。それ以上聞かないし、また友人も言わないので、どんな暮らしぶりなのかは分からない。ただ、着ているものは相変わらずで、ヘヤースタイルも、靴も鞄も学生時代と同じようなもの。そういえば上田も人のことは言えないが。
 それで暑中見舞い程度の簡単な近況を語り合っただけで、コーラを飲み終えると、さっさと帰っていった。いつもそんな感じなので、じっくりと話し込んだことはない。だからこそ長く付き合えている。
 しかし、今年で最後だと思うと、少し淋しい気もした。
 そして翌年。お盆を過ぎた遅い夏。もう終わりがけに残暑見舞いのように友人がやってきた。来れなくなったはずなのに来ている。
 上田はにんまりした。
 
   了

 


2019年7月31日

小説 川崎サイト