小説 川崎サイト

 

白昼夢町


 暑いさなか、さっさと仕事を終え、あとはゆっくり涼しいところで寛ごうと思い、宮園は午前中のまだましな時間に外を回った。一寸した営業だが、これは犬が電柱に小便をかけるようなもの。よくいえば水をまく。下拵えのようなもの。
 その一角は古びたビルが多い。当時は木造の商店が多かったのだから、そこにビルができたので、新鮮だったに違いない。ただ、それほど階は高くはなかったので、周辺への影響はなかったのだろう。それらのビルがそろそろ取り壊される頃だが、まだまだいけるようで、その後の都市開発でもない限り、そのまま行けるところまで行くのだろう。
 そういったごみごみとした雑居ビルを細かく回るのだが、階段の上り下りなどでかなり汗が出てきた。この時期なので、当然だろう。廊下には冷房が入っていなかったりするので、何ともならない。そのためか、木枠の窓が開いていたりする。コンクリート壁に木枠。
 これはレトロを狙ったものではなさそうだ。緑色のペンキが塗られている。当然ほとんど剥げて淡い色になっているが、いい色合いだ。
 そういったビルから出て、日影のあるビル裏を歩いていると、喫茶店が奥にある。もう仕事は終わったので、そこで休憩することにしたが、近付くと、枯れている。乾燥している。表の壁に穴が空いており、硝子がはめられている。穴は四角い。サンプルが並んでいるようだ。クリームソーダの青色がもう別の色になっている。それ以前にガラスがホコリで煙っており、ホコリが浮いている。
 ドアも乾燥しているのか、たわみ、ベニヤが少し剥がれている。安物のドアだったようだ。
 仕舞っているというより廃屋状態。それでは仕方がないので、そのまま奥へと進む。道は合っている。この奥から左側へ回り込めば地下鉄のある通りへ出られるので。
 暑さを感じなくなったのは、この狭い通路が全部日影のため、左右はビルの裏側で、谷になっている。まるで渓谷。ビル風も谷間の風で涼しい。
 さらに進むが左側への枝道がない。長細いビルというより、ビルとビルの切れ目があるのだが、そこは流石に塞がれている。これは消防法的に大丈夫なのかどうかは分からないが、間隔が狭すぎるように思えた。
 やがて左右のビルがなくなりだし、商家や民家が見えてきた。昔はそういった町並みだったに違いない。
 さらに進むが木造の家が多くなり、仕舞た屋が続く下町に出たようだ。普通の家、住宅地。長屋などが残っているので、驚く。
 しかし、電柱が木で低い。
 ラムネと書かれた布が立てかけてある簾に張り付いている。簾の隙間から中を見ると、かき氷器が見える。土間のようなところに長椅子があるが無人。
「間違ったなあ」
 宮園は道を違えたようだ。
 それはあの喫茶店あたりからおかしくなったのだろう。左へ曲がり込む地下鉄への道など、探しても無駄。あの細いビル路地がそもそも危ないものだったのだ。
 宮園は引き返そうと思ったが、この先、何があるのかと、そちらのほうに興味がいき、さらに奥へと歩を進めた。
 そこは行けども行けどもだだっ広い下町が続いている。高い建物でも二階屋程度。車が通っていないどころか道路標識も信号もない。
 宮園は、そこで諦めた。これは夢だろうと、だから真剣に詮索するより、その夢の先を見て歩くことにした。
 
   了
 
 


2019年8月1日

小説 川崎サイト