小説 川崎サイト

 

ミステリーツアー


「何か、このあと予定とかありますか」
「予定は未定です」
「じゃ、これから行きませんか」
「何処へ」
「ミステリーツアーのようなものです」
「この暑いのに」
「涼しくなりますよ」
「じゃ、ミステリーではなく怪談とか」
「まあ、それは私にも分かりません。行ってみなければ」
「いったい何処なんです」
「樫木町です」
「聞いたことはありますが、近いでしょ」
「そうです。この近くです」
「なぜ樫木町なんですか」
「分かりません。偶然樫木町なんでしょうねえ。田中町でもいいし、楠町でもいいし、大河内村でも」
「いったい何があるのです」
「行ってみなければ分かりません」
「危なそうですねえ」
「普通の町ですよ。この近くなので、こことそれほど変わらないと思います。特別な場所じゃなく、平凡なありふれた町だとか」
「誰かに聞かれたのですか」
「又聞きの又聞きですから」
「じゃ、都市伝説のようなものですか。ただの噂」
「しかし、噂の中身がまったく分からないのです。だから伝説化しようがありません」
 二人は駅前のバスターミナルへ行き。そこで幸坂行きに乗った。樫木町はその途中にあるのだが、バス停は弥勒堂前。そこから少し歩けば樫木町。
 昼と夕方の間ぐらいの時間帯で、一番暑い頃かもしれない。
 二人は弥勒堂前で下りた。この時間なので、老人しか乗っていない。何人かそこで下りたので、弥勒堂へ行くのが目的かもしれない。
 弥勒堂はお堂だけがあるような場所で、近くに大きな寺があり、管理は寺がやっているらしいが、常駐ではない。このあたりは聖域で、小さな祠や石地蔵などが点在している。ただ、樫木町はその奥なので、弥勒堂とは関係がない。
 だが、ミステリーツアー的な頭があるので、どうしてもこの弥勒堂や、周辺の祠などが気になる。
「これは結構暑いですよ」
「そうですねえ」
 弥勒堂を抜け、奥へ向かっている二人、猫の子一匹出ていない。住宅地だが、少し古い。
 電柱の番地表示プレートが樫木町に変わっている。だから、既に足を踏み入れているのだが、ありふれた郊外の住宅地だ。
「何もありませんねえ」
 やがて町名が変わり、寿町一丁目となってしまった。樫木町をもう抜けてしまったようだ。
「何も起こりませんでしたねえ」
「樫木町に何かあるというのはやはり噂だったのかなあ。悪いことをしました。暑いのに、歩かせただけ」
「いや、いいですよ。運動不足なので、たまには歩いて汗を流さないと」
「戻りますか」
「そうですねえ」
 二人は来た道を引き返し、弥勒堂前からバスに乗った。
 この中身のない樫木町都市伝説。ミステリーものだが、一人で入り込まないといけなかったらしい。
 
   了




2019年8月13日

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