小説 川崎サイト

 

寒月


「暑いねえ、どこか涼しいところはないのか」
「クーラーを付けないからですよ」
「あれは疲れる。体調に悪い」
「涼しい人がいますよ」
「立ち振る舞いの涼しい人かね」
「それはどうだか分かりませんが、寒月さんです」
「あいつは涼しいと言うより寒い」
「こういう猛暑のときは効きますよ」
「寒々としたやつだ。それだけだろ」
「いえ、久しぶりなので、訪ねてみては如何です。少し山に入った渓谷沿いに住んでいますから、涼しいですし」
「冬に行ったことがあるが、凍えそうだった」
「はい、だから夏場は、過ごしやすいのです」
「じゃ、行くか」
 寒月。これはあだ名で、そんな名前ではない。七人衆の一人だがその末席。その住処が渓谷沿いにある。辺鄙な場所だ。しかし、寒月氏はそこが気に入って長く住んでいる。
 流石に渓谷の中に入ると涼しい。これだけで涼になり、寒月を訪ねるまでもない。
「涼しいでしょ」
「空気が濃い。これだけの繁みと、この木陰と、この谷風を受けているだけで、十分だね」
「その先です。あの尖った崖の上が寒月の住処です」
「趣向を凝らしすぎているんじゃないか」
「そんな感じですが、ある境地を求めると、同じようなものになるのでしょう」
「そうだね」
 寒月氏は浴衣姿で昼寝をしていた。崖の上の家なので、広くはないが、全ての部屋を開け放しているので、大広間のように見える。そして家具はほとんどない。
「どうだね。寒月君、元気だったかね」
「あ、はい。お久しぶりです。顔を出そう出そうと思いながら暑くて暑くて町へ下りづらくて」
「分かるねえ。こんないいところに住んでいると、そうだろう。エアコンもいらない。しかし冬は厳しいだろ」
「冬は蒲団を被っておれば凌げます。しかし暑いのはなにをどうしようと無理ですから」
「そうだね」
「はい」
「しかし、こんなところで、仕事ができるのかね」
「はい、何とか」
「君は末席とはいえ七人衆の一人、しっかり働いてもらわないとね」
「期待されていないと思いますが」
「お見通しか」
「本当は六人衆でしょ」
「だから、君は次席、補欠のようなものだが、実力は六人衆にも勝る面を持っている。だから席を増やし、七人衆としたんだ」
「有り難うございます」
 そのため、この寒月氏は六人衆待遇。
「君はそれほど寒くない」
「そうですか」
「だから、寒月という名は変えた方がいい」
「私が付けた名じゃないので」
「そうだね。我々が呼び方を変えないといけない」
「君が寒いのではなく、ここが寒い」
「そうですね」
「しかし、そういうところにわざわざ住んでおるのだから、君はやはり寒いやつだよ」
「寒さとは関係なしに、ここが善い場所なので」
「そうだね。善い場所だ。しかし、ここじゃ不便で仕事などできんだろ」
「そうですねえ」
「していないのか」
「六人衆がおられますので、私の仕事などありません」
「そうだったか」
「それで、用がないので、ここで暮らしているのです」
「それは何か皮肉かね」
「決してそうではありません」
「まあいい。好きなようにすればいい」
「はい、有り難うございます」
 同行の一人は二人から離れた場所で昼寝をしている。
 そして夕方、少し涼しくなった頃、二人は山を下りた。
 寒月は涼やかな者ではなく、やはりどこか鋭利な冷ややかさを持っていた。
 味方としては寒々しいが、敵に回すと氷の刃となる。だからそっと囲っているのだろう。
 
   了
 


2019年8月16日

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