小説 川崎サイト

 

豪傑君


 瞼は分厚く、目を閉じていても、卵のように膨らみ、鼻は横に拡がり、当然唇は分厚く、頬はコブのように膨れ、顎から首に掛けては重々しい筋が垂れ下がっている。当然手は大きく指は親指で割り印できそうだ。これで身体がほっそりとしておれば逆に変なのだが、当然がっちりと骨太。
 酒田は彼を秘書として採用した。護衛だろう。
 行く先々にその豪傑君を連れて行くのだが、酒田は貧相な細い鼻と、痩せて小柄で、目は細く、眉は薄く唇も細く、口というより切れ目。
 新たに傘下に入った新田氏の元を訪れたとき、歓迎を受けた。当然だろう。大事な客だ。
 しかし新田氏は豪傑君を大将だと思ったようだ。それだけ貫禄があるため。そして大物然としている。酒田氏と豪傑君のやり取りを聞けば、どちらが大将だかすぐに分かるのだが、それを聞く前に、豪傑君と握手し、そのまま招き入れた。
 あとは豪傑君だけの歓迎会になる。
 また、翌朝は名所などを案内した。当然豪傑君がメイン。
 酒田氏は言い遅れたのだが、そのままにした。接待慣れをしており、もう受けたくなかったのだろう。秘書としてずっとかしこまっていた。
 しかし、この豪傑君、体力だけの巨漢だと思っていたが、そうではなく、新田氏や世話役の人達の話に上手く答えている。しかも堂々と。
 しばらく使っていると、そのうち秘書課の中でも優秀なほうで、慣れるに従い仕事も全部覚え、大将の仕事内容などもほぼ把握してしまった。そのあと、また地方へ行き、傘下の人達と合ったりするのだが、新田氏のところへ行ったときよりもこなれており、接待を受けるだけではなく、仕事までこなした。つまり大将の酒田氏の代理が務まった。というより、この豪傑君が、酒田氏だと思われているのだから、入れ替わったようなもの。
 岸和田氏という傘下の町へ行ったとき、年取った秘書をどうして連れてくるのかと、聞かれたことがある。豪傑君はこの秘書は年をとっているだけではなく、もの凄く実力のある男で、自分より優れていると答えた。
 しかし、岸和田氏は冗談と思い、老いた小男の酒田氏をからかった。
 酒田氏は満更でもないようで、こういった座興が好きなようだ。
 その後は豪傑君が大将だと思う傘下の人達の方が多くなった。しかし、昔からの傘下は知っていたが。
 年は流れ、世代交代が進む。可愛がってもらった酒田氏は亡くなり、息子の代になっていた。豪傑君は先代の頼みで、息子の秘書として活躍した。
 この息子、さらに背が低く、か細いモヤシのような人で、それでは押さえが効かないということで、ほとんど表に出なかった。
 それでさらに貫禄の付いた豪傑君が、大将の役を引き継いだ。
 もう大将の仕事にも慣れた。一番大事なのは押し出しと、野太い声。これだけで十分だったようだ。
 
   了


2019年8月25日

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