小説 川崎サイト

 

孤高


「ひと山越えればまたひと山」
「はい」
「しかし越えたあとは下り。登りならまだ越えていないことになる。しかし、区切りの山があり、そこから先にもう一つ大きな峰がある。山脈なら、一番高い峰。最高峰」
「そこを目指しますか」
「いや、それでは直線的すぎる。この山岳部を見て歩いたことにはならぬ。山としては低いが、この瘤山よりも高い山が色々とある。そういう小山を目指す」
「すぐ横にありますが」
「ここと同じ瘤のようなもの。一度沢まで降りることになる。これがいいのじゃ。ずっと登っておるばかりよりもな」
「降り道がありましょうか」
「少し急じゃな」
「道らしきものもありません」
「用がないのじゃ」
「行けますかね」
「道の付いておる最高峰よりも難しい」
「そうです。獣もこの斜面は避けるのではありませんか」
「猿ならいける」
「ああ、木の枝を伝って」
「しかし、わしらは猿のような手や腕は持っておらん。尻尾もな」
「不細工ですねえ」
「木から下りてきた猿が、わしらの先祖。だから、もう木にぶら下がって枝から枝へは行けん」
「じゃ、やめましょう」
「降りられるところまで降りよう。谷は下に見えておる」
「でも渓谷ですよ。下の方は絶壁かもしれませんよ」
「降りるだけじゃ」
「しかし、獣も降りないようなところは」
「だめか」
「はい。ひと山越えた楽しみがありません。軽く下り道を歩きたいです」
「そうか、じゃ、そうする」
「有り難うございます」
「一人でなら、降りるのだがなあ」
「それはなおさら危険です」
「よし分かった」
 最高峰へ続く緩い上り坂の途中に、別の山が右側に見える。低いので、頂上が見えている。そこへ向かうらしい枝道が出ていたので、二人は、その道を下った。
 急な斜面の向こう側に見た山はもう後ろになっている。
「あの山、人を寄せ付けんのう」
「孤高でしょ」
「低いし、形もよくないがな」
「はい」
 
   了


2019年9月4日

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