小説 川崎サイト

 

夏の道


 夏場暑くて通れなかった道も、涼しくなると通れるようになる。別に通行禁止になっているわけではない。これが雪国なら冬場は通行できない道もあるかもしれない。観光用の有料道路などだ。しかし、暑くて通行禁止になるような道はないだろう。
 禁じているのは武田だけで、武田が作ったルールだが、これは作らなくても、通りたくないので、通らないだけ。用があれば別だが。
 その日、秋の気配が入り込み、久しぶりにその道に入り込んだ。もう既に稲穂が黄色くなりかけている。それが一面に続く農道のようなもの。だから日影がない。そのため、その間炎天下。だから夏場はそこを避けている。
 もう陽射しの下を自転車で走っても、特に暑いとは思えないほどいい気候になっていたのだが、初夏の頃、一度通っただけなので、しばらくご無沙汰。
 雲の形も夏のものではなく、秋の薄い雲。しかも細かく分割されている。そして高いところにある。これで空が高く見えたりする。
 天高く馬肥ゆる秋とはまさにこれ。武田は馬肥ゆるではなく、馬越える秋とばかり思っていた。空が高いのだから、馬もそれを乗り越えるほど勢いが盛んで元気だという意味で。しかし、夏場食欲がなかったが、秋になると食が進み、馬も沢山食べるので、肥えるのだろう。
 では夏は天低く馬痩せる夏になるのか、それとも冬になるのかは分からない。
 夏空の入道雲などは高層ビルのように高い。だから天も高く見えたりするはずなので、天低き夏はふさわしくない。これはやはり冬だろう。低く垂れ込む雪雲。
 武田が最後に通ったときは田植え前で、まるで水郷。その稲が育ち、刈り入れも近いだろう。
 この間、武田は何をしていたのかと反省する。田に水も入れなかったし、田植えもしていない。だから収穫もない。
 そんなことを思いながら、その農道を走り抜けた。
 抜けたところに村がある。このあたりの田んぼはこの村のものだろう。だから農家が固まって建っている。一箇所に集まっているので、一寸した屋敷町。裕福な農家が多いのだろう。
 そこを抜けると神社と寺がある。田んぼに農家、そして寺社、セットものだ。ついでに村墓も。
 村のメイン通りに雑貨屋があり、煙草の看板が出ている。そして古いブリキの仁丹看板がまだ貼り付けられている。
 その店の前に台が出ており、夏野菜が並べられているので、武田はそれを買う。葉物だ。根が付いており、梱包はされていない。
 これを土産に、さらに進むと、国道に出て、その沿道に店屋が並んでいる。
 ファミレスは避け、安そうなファスト系の喫茶店で一服する。
 閉鎖されていた夏の道が開通したので、ここへ来るのも久しぶり。
 ただの自転車散歩にすぎないし、また僅かな距離で、遠出したわけではないが、久しぶりということだけで、十分新鮮な気持ちになれた。
 
   了


2019年9月5日

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