小説 川崎サイト



福寿鳥

川崎ゆきお



「福寿鳥か……」
「どんな鳥でしょうか」
 分校の元校長は懐かしげな目をした。
「誰から聞いた?」
「校長からです」
「どう言ってた?」
「昔からこの村に飛んで来る不思議な鳴き声の鳥で、見たものはほとんどいないとか」
「まあ、そういうことかな」
「生徒に教えるべきかどうか、迷っています」
「校長はどう言ってる」
「それは自由だと」
「じゃ、教えればいいじゃないか」
「先生が校長時代はどうでした?」
「さあ、わしは教えんかったなあ。伝説だからな」
「その伝説を教えてほしいのですが」
「妙な声で鳴く程度かな」
「言い伝えとかはないのですか」
「わしが子供の頃に聞いた話では、あの鳥と出会うといいことが将来あるらしい。つまり、子供の頃に出会うべき鳥だな。それだけのことなんで、教えるような物語りはないよ。わしは福寿鳥を見なんだが、鳴き声は聞いたことがある」
「本当ですか」
「あの分校へ通っていた頃だ。先生が話してくれた」
「それで探しに行ったのですか?」
「山寺があるだろ。もう廃寺になっとるが、あの山の裏側の谷にいるらしいんだ。何年も来なかったのだが、その年は来ていたんだな」
「童話を聞く思いですねえ」
「繁吉と里子が向かった。わしは掃除当番だったので、少し遅れて出発した。山仕事の爺さんが何度も目撃したらしい場所だよ」
「今も行けますねえ」
「谷は昔のままだが、福寿鳥の噂は聞かんなあ」
「来ているかもしれませんよ」
「そうだな」
「それで、どうなりました?」
「繁吉と里子が裏山を登っているのを見つけ、後を追った。谷へ降りる道で見失ったので、焦ったよ。まあ、二人より先に福寿鳥を発見してやろうと、わしは道なき道をどんどん進んだ。飛んでいればすぐに分かるんだがな」
「でも鳴き声は聞かれたのでしょ」
「妙な鳴き声だった」
「よかったじゃないですか。近くにいたんですね」
「繁吉と里子がな」
「あ、はい」
「わしは、二人に見つからんように飛ぶように走って帰ったよ」
「ああ、はい」
「あの鳴き声は今でも耳に残っておる」
「あ、はい。やはり教えるのは控えます」
 
   了
 
 
 



          2007年7月16日
 

 

 

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