小説 川崎サイト

 

とある妖怪学会


 妖怪博士はとある学会に参加した帰り道、同じく妖怪を研究している青年と同じ道を歩いていた。帰り道だ。二人ともその後の宴会には参加しなかったようだ。それで真っ直ぐ駅へと向かっていた。
 妖怪博士もこの青年も会議では何も発言しなかった。その学会は妖怪や幽霊などを否定する学者達も来ていた。それで突っ込まれるのが嫌で、黙っていたわけではない。妖怪博士の場合、こういう場では発言しないことにしている。受け答えが面倒なためだ。それにどちらも一方的で話し合いとかはない。自分の意見だけを叫び合うようなもの。それでは会議とは言えない。
 今、その青年が横に並んだ。
「今晩は」
 妖怪博士から声を掛ける。
 青年も「今晩は」で返した。
 そのまま青年が追い越すのではないかと思っていたが、横に並んだまま。
 これは何か話でもあるのだろう。妖怪博士の歩き方は遅い。だから、かなり年配の人にも追い越される。これは敢えて速く歩かないため。外に出たときはじっくりと周囲を観察するのが癖になっている。そんなところに妖怪などいるわけではないのだが。
「お茶でもどうですか」
「そうじゃな」
 青年は何か話があるのだろう。
 駅近くなので、喫茶店を探すのは難しくないが、妖怪博士は煙草を吸うため、吸える喫茶店にしか入らない。
 しかし、妖怪を探すより、喫煙のできる喫茶店を探すほうが難しかったりする。
 幸い、最初に見付けた店が吸えそうなので、そこに入る。
「妖怪を見られたこと、ありますか」
 青年は単刀直入に聞く。
「ない。君は」
「ありません」
「うむ」
「どうしてでしょう。やはりいないからでしょうか」
「そういう意味ではいないのは確か。まさか本当にいると思っておる人もいないじゃろう」
「じゃ、いないのですね」
「しかし、いるからこうして研究しておる」
「そうですねえ」
「でも出合ったことがないのでしょ」
「うむ」
「どうしてでしょう」
「君は神を見たことがあるかね」
「ありません」
「それと同じじゃよ」
「見えないわけですね」
「姿がない」
「はい」
「もし神を見た人がいたのなら、どんな服装だったのかを聞きたい。それで年代が分かる。神が昔からおったとすれば、その服装の時代からじゃ。さらに古い時代だと裸に近いはず」
「そういうところから入りますか」
「神が剣を持っていたとする」
「はい」
「既に金属を溶かす技術があったのだろう。それがなかった時代からいた神ではないことになる」
「それで、何がいいたいわけですか」
「だから姿がないので、人が姿を与えないといけない。だから実際の神ではなく、イメージ。想像して現した姿となる。見えないからじゃ」
「それで、見えるようにしたのですね」
「神と同じように妖怪もそうなんだ」
「はい、そう持って行くわけですね」
「持って回った言い方じゃが、使い回しともいう」
「はい」
「だから、妖怪は見えないが、いるのだろう」
「博士の大方の見解は分かりました」
「そうか」
「しかし、何故先ほどの学会で、そういうことを話さなかったのですか。確か、誰かから聞かれていたようですが」
「私にも何か発言の機会を与えるため振っただけじゃ」
「それでも黙っておられた」
「妖怪の実在性を証明する。そんなことしなくてもいいのでな。ところで君は若いのに妖怪研究家かね。しかも学会に呼ばれるほど優秀な研究者のようだが」
「いえ、幻想小説を書いているだけです」
「幻想文学か」
「はい、稚拙ですが」
「名は何という。紹介のとき、聞いたはずだが、忘れた」
「夏川俊前です」
 今流行りの妖怪ゲームの原作者だ。当然妖怪博士よりも有名。
「そうじゃったか。そのゲーム、私はやったことがないが」
「いえ、こんなものは流行り物で、すぐに忘れ去れると思います」
「そうか」
「実は今夜妖怪博士が来られると聞いて、それで参加したのです」
「じゃ、二人だけの学会じゃな」
「はい」
 二人は終電まで話し込んだ。
 会議では無口だが、こういうときはもの凄く喋り倒すようだ。
 
   了


2019年9月21日

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