小説 川崎サイト

 

腹八分


「腹八分がいい」
「また、急に何を言い出すのですか」
「茶碗がある」
「はい」
「それに富士山じゃないが八合目あたりで止める」
「八割ということですか」
「まあ80パーセントということじゃ」
「茶碗の大きさにもよりますが」
「細かいことはいい。八分で止める。ましてや山盛りは駄目」
「てんこ盛りですね」
「それは亡くなったときに備えるご飯で、これは縁起が悪い。それに箸をご飯の上からグサリと刺すとなると最悪。墓じゃないか」
「箸墓ですねえ」
「まあ、そういう話じゃない。ほどほどにしておけということだろう」
「それが最近の好みなのですか」
「やや不足している程度がいい」
「でもその不足分、すぐに手に入るのでしょ」
「それを控える」
「満腹じゃ駄目ですか」
「満ち足りてしまうとね」
「満ちないほうがいいと」
「そうじゃな。まだ余裕を残しておる状態。しかし、やればできるのだが、しない。満腹ではそこで終わってしまう」
「もの凄くよく聞く話ですが」
「分かっていてもできない」
「腹八分目はどのような境地ですか」
「やればできるのだが、しない」
「駄目じゃないですか」
「そうだな。何か手を抜いているように聞こえるが、そこが際どいところでな」
「はい」
「寸止めの余韻」
「また、ややこしいことを言い出しましたねえ」
「ややこしくはない」
「村八分などはどうです」
「あれは村人としての付き合いは八分は駄目。しかし二分はできる。葬式とかには出られる」
「じゃ、腹八分とはまた違うわけですね」
「腹二分になるからな」
「そうですねえ」
「二分じゃ食べたことにならない」
「今回はどういうところから、思い付かれたのですか」
「わしの話は全部思い付きか」
「そうじゃなく、急に言われるので、何かあったのかと思いまして」
「控え目の良さのようなものを体験したのじゃ」
「師匠ほどの人が、今頃そんなことを」
「立派な師匠なら、こんなところで、ゴチャゴチャ垂れてはおらん」
「はい」
「控えるというのは少しだけ欲を抑えることでな。全部じゃない。少しだけ。これがいい」
「はい」
「腹八分なら空腹ではないはず。だから支障はない。我慢とかではないはず。少し物足りないかなと思う程度だが、美味しおかずがあればもっと食べたいと思うが、普段の飯はそんないいものではないはず。さっさと済ませたいときも多い。食べるのも疲れるのでな」
「それだけですか」
「いかんか」
「それだけでは物足りません」
「だから腹八分にしなさいと言っておる」
 
   了


2019年10月5日

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