小説 川崎サイト

 

老犬ロボ


 取引先に老犬ロボがいるため、何ともならない。田中はこの玄関の番犬を何とかしないと、中に入り込めないので、先輩に相談した。
「老犬ロボねえ」
「あの老人、何とかなりませんか」
「忠犬だからね。何ともならない」
「噛みつかれそうになりました」
「誰に対してもそうだよ。飼い主にしか尻尾を振らない」
「懐かせればいいのですね」
「無理だよ。最初の取っ付きからして吠え立てる。寄れば噛みつく。何ともならない」
「しかし、僕が担当ですから」
「難しいところの担当になったねえ」
「まだなっていません。切り取り次第ということです。取引の道ができれば担当になれます」
「君で何人目かねえ。難攻不落の城だ」
「はい、でも頑張ってみますが、何度行っても同じなので、知恵を借りたいと思いまして」
「きゃつは犬だ。しかも老いぼれた犬。飼い主の命令しか聞かない。だから、犬の扱い方を覚えることだね」
「じゃ、そのままで、何ともならないということですか」
「忠犬だ。それは落とせない」
 田中は番犬のいる場所から行くので先へ進めないと思い、別の場所から入り込むことにした。これも常套手段だろう。色々なところからの接触。
 裏口ではないが、外出中の相手の担当と接触することができた。
 そして取引は簡単に決まった。
 正面玄関があんなに厳しいのに、中はスカスカで、相手の担当も柔らかい人で、人なつこく、愛想もよかった。
 その後、取引は成立し、その担当と長く付き合うことになった田中は、玄関にいる老犬ロボについて聞いてみた。
「あれは犬だからねえ。それしかできないんだ。それに番犬だし」
「それだけのことですか」
「そうだよ。犬は所詮は犬。でも、もういなくなるから正面から入って来てもいいよ」
「どうかしたのですか」
「飼い主が引退したんだ。だからあの老人も一緒に辞めるようだから」
 その事業所の名物だった老犬ロボの伝説は終わった。
 老犬ロボの後任者は、普通の人だった。もう忠犬の時代ではないのだろう。
 
   了


2019年10月19日

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