小説 川崎サイト

 

祈祷婆の予言


「この村の血に呪われた様を見よ。誰も救われんのじゃ。救われたくばわしのところへ来い。?ってあげるでな」
 老婆は村の入口で、そう叫んだ。
「あの老婆は誰でしょう」
 当然、村に入りかけた二人の侍は足を止めた。
「村の祈祷師です」
「拝み婆か」
「はい」
 侍の一人は郡奉行で、数ヶ村を担当している。城から来た役人だ。もう一人はその補佐。
 しかし、この補佐の方は地侍なので、村々の事情に詳しい。
 江戸育ちの郡奉行は、この若い下僚を重宝していた。村には村の事情があり、それを知ることも大切なため。
「血に呪われたとはなんじゃろう」
「このあたりに昔いた豪族のことでしょ」
「おぬしもそうかね」
「いえ、私はここではなく、もう一つ向こうの海老名の出です」
「何があった」
「さあ、それは言わないことになっています。隠さなくてもいいのですがね。よくある話ですよ」
「何があった」
「邪魔な豪族を一堂に集め、酒盛り後、皆殺しです」
「ほう」
「当家のやったことではなく、前の領主時代の話ですよ」
「それはよかった。怨まれるところじゃ」
「しかし、村人も一緒になってその豪族をやっつけたのですよ。だから共犯です」
「その豪族と仲が悪かったのじゃな」
「ええ、流れてきた連中ですから、余所者です。私のような昔からこの地方に根を下ろしている一族ではありません」 
「分かった」
 先ほどから二人を見ていた老婆は、気を引くように、さらに声を張り上げた。呪いから救われたければわしのところに来いと。
 二人は気になるので、老婆の後に従った。
 そこは祈祷所で、狭苦しいが密度の濃い部屋。御札、護符や呪器や飾り物で、普通の日常を送る部屋とは異なっている。
「さあ、これが呪い除けの御札じゃ。お代はいらん。代金もいらん。何もいらん。取っておけ」
「これは木版ですか」
「そうじゃ、刷るのじゃ」
「原板、ありますか」
「原板、ああ、版か。見せようか」
「いえいえ、結構です。これはお婆さんが彫られたのですか」若い補佐が聞く。
「いや、こういうのばかり引き受けているところがあってな。この村にはないが、城下にある」
「村田惣次郎でしょ」
「おお、よく知っとるなあ」
 二人は出ようとしたとき「お隣の榊村に行くのなら昼前がよい。昼を過ぎてから行ってはならん」
 村回りで、二人はこのあと、行くつもりだった。既に昼は過ぎている。
「今のは占いですか」
 若い補佐はこの老婆のことを知っていたが、祈祷師だとばかり思っていたのだ、運も見るのだろうか。初めて知ったが、何となく理解できた。
 つまり、呪い除けの御札は無料だが、そのついでに予言をするのだろう。それで稼いでいるのだ。
 次に榊村へ寄ることは想像できる。だからこれは予言だとはいえないが、昼までならいいが、昼過ぎてから行くと悪いことが起こる、これが分からない。
「それも祟りですか」と補佐が聞く。奉行はずっと聞いているだけで、口を出さない。
「それとは違う。そのお奉行様に関わる悪縁で起こること」
 群奉行は急に振られたので、驚いた。
「わしがか」
「行ってはならん、行くのなら昼までにせい」
 郡奉行はにやりと笑った。
「これは護符では効かぬ。災いは防げん。ただし、行かなければ害はない」
「心しておこう」
「ご無事で」
 二人は祈祷所から出て、いつもの庄屋宅で用事を済ませ、さて次に回る榊村へ向かおうとした。
「行きますか、御奉行」
 昼はかなりすぎている。
「怖いのなら、そちは戻ってもよいぞ」
「はい」
「あんな祈祷婆の言うことを信じるのか」
「私ですか」
「そうじゃ」
「多少は」
「じゃ、戻っていい」
「はい」
 この若い方の補佐の方が迷信深いのではなく、あの祈祷師が一銭も取らなかったことが気になったのだ。
 庄屋宅で二人は別れた。
 補佐の若侍は城下近くまで戻ったのだが、やはり気になり、榊村へと向かった。
 榊村には大庄屋がいる。城のような屋敷に住んでいる。若い補佐と同じ家柄の豪族だが百姓になっている。だから顔見知り。いわば同族。
 奉行はまだ来ていないらしい。
 道筋から考えると、それなら何処かで追いついているはずだ。寄り道でもしているのかもしれないが。
 それで城下に戻ったのだが、上司はまだ戻っていない。
 翌朝登城すると、奉行は休んでいるのか、来ていない。
 何があったのかは分からないが、奉行はその後、出てこなかった。すると老婆の予言が当たっていたことになる。
 まさか予言が当たるように村のものと組んで、奉行を拐かしたわけではあるまい。
 これは神隠しとして処理された。
 やはり、村人には気をつけないといけない。
 
   了
 


2019年11月10日

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