小説 川崎サイト



呪術師

川崎ゆきお



 ローソクだけの明かりの中に男がいる。それは照明のための光ではない。電気はある。
 長く伸ばした髪の毛は雰囲気を醸し出すためのもので、それ以外の理由はない。
 男は呪術師だ。
 既にその存在はなくなっているはずなのに、男は呪術師を名乗っていた。
 室内には誰もいない。
 男は、牧師のような衣装で身を包んでいる。墨のように黒い。
 誰もいない部屋でも、そんな服装をするのは、誰に見せるのでもなく、自身が見るためのものだ。
 男はそれにより、呪術師としての雰囲気を自家発電している。
 ローソクの炎を見つめているうちに眠くなったようだ。
 呪詛する相手の名前を念じるのも忘れ、うたた寝モードに入ろうとしていた。
 念じることで、誰かに呪いをかけているのだが、効果があるのかどうかは本人にも分からない。だが、呪術師がそれを疑うことはできない。
 男は我に返り、次の相手の名前を念じた。依頼者は何十人もいた。
 まともな方法では何ともならないため、依頼して来るのだ。
 見知らぬ人間を呪詛するためか、気合が入らない。恨む理由がないためだ。
 こんなことで呪詛効果があるとは思えない。
 しかし、手を抜くと、何もしていないことになる。依頼料を貰うわけだから、それなりのことをやった事実が欲しい。
 誰も見ていないからと言って、この作業を省略するわけにはいかない。
 今度依頼者と会ったとき、何もしていなかった場合と、した場合とでは気持ちが違ってくる。また、何もしていなければ、サボったことになる。仕事をしないで依頼料を受け取るのは精神衛生上悪い。
 男は本当に念じていない。念を送ると疲れるためだ。そのため呪文を空読みする。
 それさえも、やる必要がない。なぜなら、効果があるとは思えないからだ。
 しかし約束事を守るのがプロだ。ここで手を抜くと自分自身がインチキ臭い人間になってしまう。
 だが、勝手に呪術師を名乗っていることが、そもそもインチキなのだから、そのあとの誠意は、果たして誠意と言えるかどうかは疑わしい。
 男は、気を取り直し呪文を唱えた。
 
   了
 
 
 


          2007年7月24日
 

 

 

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