小説 川崎サイト

 

大太刀の重蔵


 余市村と千寿村の間に山が立ちはだかっている。その山をのけてしまえば、二つの村が一つになる。どちらも小さな村なので、大きな村になるわけではない。このあたりの家は一箇所に集まっている。そのためまとまりがいい。
 その壁のような山を越えるのは大変で、斜面がきついためか、道が付いていない。
 そのため、その山ではなく、二つの村にまたがるもっと大きな山の中腹から行くことになる。そこはしっかりとした山道。
 遠回りになるが、坂が緩いので、そちらの方が楽。
 壁のように立ちはだかっている境界の山は、大きな山から付き出している。だから、その首根っこを超えるわけだ。そこに峠の小屋がある。それほどの高さはないが、互いの村へ出るときは下りになる。そして見晴らしがいい。立ちはだかっている山の根本で越えることになる。
 その峠の小屋は休憩所のようなもの。村と村とを行き来するだけではなく、まだ奥の山岳地へと続いているので、その登り口になるため、山仕事の人などが立ち寄る。屋根があるし、寝泊まりもできる。だから山小屋のようなものだが、村からそれほど離れておらず、少し登ったところだ。それに村の屋根が見ているほど近いので、山小屋というほどではない。
 この峠の小屋に番人がいる。小峰重蔵という浪人者だ。小峰は偽名だろう。
 そこへ身なりのいい藩士がやってきた。
 これはよくあることで、重蔵は慣れている。仕官の話ではない。人殺しだ。
 藩士にも使い手はいるが、こういう仕事は余所者にやらせる。手を汚したくない。
 話を聞くと乱心した藩士らしいが、本当は正気だろう。この乱心者を斬れということだが、切腹しないためだ。それに乱心者では切腹は無理なので、上意討ち。
 この乱心者も藩士なので、同僚、仲間だ。手をかけたくない。
 乱心者は余市村にいる。そこに逃げ込んだらしい。
 ここを西へ下れば余市村はすぐだ。
 結局は刺客の仕事。何度か頼まれたことがあるので、そういうときは峠の小屋にいる重蔵の役目になるのだろう。
 重蔵は長い目の太刀を重そうに持ち、村と村とを隔てている山の根っこの峠を下った。太刀同士だと、長い方が有利なのだが、重いので肩に担いで坂を下った。
 結局は派閥争いの犠牲者だろう。乱心者に仕立て上げらたようだ。二人の家老が争っている。殿様は関わっていない。養子のためだろう。
 その男は空き家に立て籠もっていた。重蔵は何度かそういう場を踏んだので、よくある話だ。
 廃屋に近い屋敷の雨戸を開け、重蔵は乗り込んだ。刺客が来ることを知っていたのか、乱心者は槍を手にした。
 重蔵はまずいと思った。いくら長刀でも槍相手では不利。しかし家屋内。振り回せないはず。だが、そんなことは槍使いなら心得ている。
 重蔵は説得した。このまま斬り合えば、二人共大怪我をすると。
 重蔵は蓄電を進めた。逃げろと。
 乱心者は家族がいるし、それに武士として、それはできない。養子の主君とはいえ、それに使える身なのだ。数少ない殿様派だった。
 幸い家族にまでは手は回っていない。謀反を起こしたわけではない。ただ、狂っただけ。それが見苦しいと言うことで、お手討ちのようなもの。責任を取って自害せよという程度。本人だけの問題のためだろう。いずれも敵対勢力が強引に殿様に出させた主命なのだ。
 いずれにしてもこの男さえ始末すれば、一見落着になる。
 重蔵は逃げることを進めた。そうなると、脱藩。これはこれでまずいのだが、藩も消えていなくなれば喜ぶはず。だから心配するなと説得する。
 重蔵は家族の住む城下の屋敷を聞き、逃げる手はずを付けてやった。
 男はこの藩を立て直すため立ち上がったらしいが、頼りにしていた派閥が動いてくれなかったようだ。
 そんないい加減な藩など見捨てよと重蔵は我が身のことを思いながら説き伏せた。世間は広い。ここだけが世の中ではないと。
 乱心者は折れた。最初から乱心などしていないのだから、話せば分かるのだ。
 そして村を出て、すぐ目の前にある二つの村を隔てている山に向かった。村人さえ、急斜面過ぎて、上までいくことは滅多にない。その上の方に重蔵のもう一つ隠れ家を持っていた。
 その険しい道なき斜面を上がっているとき、その男は槍を杖代わりにしている。
 槍の達人かと聞くと、この槍はあの屋敷にあったもので、自分のものではないし、槍の稽古はしたことがないとか。
 そういう重蔵も、長い目の太刀を持っているが、大した腕ではないと白状した。
 二つの村を分けているその山の頂からは、城下の盆地が見える。三層の木造の天守。狭苦しい城下だ。
 しばらくして、例の藩士が峠の小屋を訪れた。重蔵は取り逃がしたとだけ伝えた。
 前金として半分もらっていたのだが、それは返す必要ないだろうと、大太刀に触れながらすごんでみせた。
 
   了
 


2019年12月16日

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