小説 川崎サイト

 

出掛けた翌日


 遠方へ用事で出掛けた翌日、羽田はのんびりしている。疲れもあるが、日常に戻ったためだろうか。そして、気怠さというのがいい。既に用件は済んだので、山を越えた。その充実感もあるし、懸案をやり終えたので、それまでのプレッシャーも消えた。
 そして一日のんびりと過ごしている。これがいい。外出先での用件よりも、その翌日が目的なのだ。
 終わった後の安堵感があるためだろう。
 この翌日の一日が良いので、羽田は出掛けているようなもの。
 遠出だと疲れるのか、すぐに眠れるし、熟睡し、朝まで起きてこない。そして目が覚めたとき、今日はもう出掛けなくてもいいので、ほっとする。平穏な日々に戻ったと。
 それで、むりとに用事を拵えて、出掛けることも多い。あえて疲れるようなことをしに行くのだ。これは大事な用件ではないし、いつかは果たさないといけないような懸案でもない。行っても行かなくてもいいようなことで、また行くだけが目的の場合もある。そのため何処へ行くのかは定まっていない。とりあえず家を出て遠くへ行くこと。遠ければそれでいい。
 羽田は古美術の研究をしているのだが、普段は自宅に籠もっている。たまに展示会や、一般公開などがあり、それで出掛ける程度。
 また、鑑定も頼まれるが、プロではないので、大まかなことしか分からない。そして価値があるかないかは羽田の美意識で決まる。だから好みだ。美術的に優れていれば、偽物でもなんでもかまわない。だから値段だけを弾き出す鑑定はできない。
 羽田にとって大事なのはアート性。それを見て、あっと思うかどうかだ。
 その形や色彩、質感。手触りなどが決め手になる。
 古美術を専門にしているが、本来は画家なのだ。
 それで遠くまで出掛けるのだが本当の目的は、その翌日。これは古美術とはまったく関係しない私用でもいい。何でもいい。出掛けさえすれば翌日のいい感じを味わえる。実際には疲れているのだが、この疲労感がいい。
 身体も精神も鈍化したようになり、この鈍さがいい。
 羽田は体感を大事にする。能書きよりも、まずは体感で、そこからあらゆるものが引き出される。そのほとんどはパターン化しているのだが、その組み合わせに妙味がある。
 だから古美術の評論家としての才があったのだろう。独自の見え方をするので、話も膨らむ。
 だが、最近はそちらよりも、出掛けたあとの翌日の体感を最も好むようだ。
 休みたいから身体を動かす。それだけのことかもしれない。
 
   了
 
 
 


2019年12月19日

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