小説 川崎サイト

 

口うるさい男


 岩崎惣右衛門という五月蠅い男がいる。ハエ並というわけではないが、親族の中に、一人、こういうのがいるものだ。色々と口うるさい。年長者でもあるので、その立場からでも言えるのだが、若いときならそんな口の利き方はしなかったはず。だから惣右衛門、今が旬だ。
 一族の中では年長者だが、もっと上の人もいる。また同年配も何人かいるが、口うるさい役はやっていない。聞かれればそれなりのことを言うだろうが、先に文句を言い出したり、口を出すのはこの惣右衛門だけ。
 これは冠婚葬祭だけではなく、日頃から一族のことについて、色々と口出しをしている。
 身分もそれほど高くはなく、本家との血縁も薄い。それなのに偉そうにしている。そのため、何をするにも惣右衛門に聞いたり、顔色を窺ったりする。五月蠅いからだ。
 惣右衛門を黙らせるためには、その顔を立ててやればいい。しかし大した顔ではない。
 だが、本家当主以上の力を持っている。これはただの力で、単に力んでいるだけ、勢いがあるのだが、鼻息が荒いだけ。
 五月蠅くて仕方がないのだが、この惣右衛門さえ黙らせれば静かなものだ。惣右衛門が了解すれば他の者で口を挟んだり、反対意見を言う者はいない。そのため五月蠅い男だが、ここさえ押さえておけば意外と簡単。
 しかし、それでますます惣右衛門は図に乗り、本家をしのぐほどになった。本家よりも惣右衛門のことを先に気するためだ。
 本家の当主は若く、大人しい人。その父親、つまり先代は若くして隠居した。風流に逃げたのだ。
 本家を仕切っているのは家老だが、これは老いぼれており、あまりさえない人なので、御用人と呼ばれる人に任せている。家老も用人も本家との血縁関係はない。代々使える家来だ。この本家だけに仕えている。そこが頼りないので、惣右衛門のやりたい放題になっている。
 惣右衛門の家柄は分家の中でも低い方で、羽振りもよくない。しかし口だけは達者。
 この惣右衛門のやりたい放題を止める者はいない。一族のほとんどの者は止めたいが、言い出せない。
 若い当主は病弱で、医者が始終来ている。これは漢方医だ。
 若い当主は、それとなくこの医者に愚痴った。
「気の病でしょ」
「私がか」
「いえ、そのお方です」
「惣右衛門が」
「はい。血が走りすぎるようです」
「何とかならんか。私には押さえる気力がない」
「何とかしましょう」
 惣右衛門は最近では我が家のように本家に来て、家人と世間話をしたり、色々とお節介を焼いている。実際には迷惑な話なのだが、ある日、若き当主は薬草を惣右衛門に渡した。
 気力の付く薬で、毎晩煎じて飲めば、気が充満し、いい感じになると。当然漢方医が処方したものだ。
 惣右衛門はその後、静かになり、あまり家から出なくなり、その後、惣右衛門は口うるさく言わなくなった。薬で押さえ込んだのではなく、普通に戻ったのだろう。
 よく考えると、一族の中でも低い身分なのに、よくそこまで出しゃばっていたものだ。
 実際には薬が効いたからではなく、若き当主の本心が分かったためだ。当主に睨まれては、流石の惣右衛門でも控えるようになったものと思われる。
 煎じ薬の束をもらったのだが、実際には飲んでいない。意味が分かったので。
 また漢方医が与えた薬草は、ただの馬が食べる草だった。
 
   了
 


2019年12月26日

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