小説 川崎サイト

 

大人しくする日


 寝起き、体調も悪く、天気も悪い冬空なので、竹中は今日はゆっくりしよう、大人しくしておこうと思ったのだが、普段から大人しくしている。だからそれ以上大人しくとなると、安静にしておくしかない。これは寝ていることだが、それでは一日の用事が片付かない。
 だから、あまりシャキシャキとやらないで、最小限のことだけをやればいい。
 こういう日がよくあるのだが、そういう日に限って、もの凄く体力気力を使う羽目になることが多い。よりにもよってそんな日に限って。
 今日はそんなことはないはずだと、静かに朝の用意をし、仕事先へ向かった。そこは共同事務所のようなもので、代表者がおり、その人が借りており、それを又貸しにしている。デスクと椅子だけのスペースだが、そこから出てはいけないとかではなく、そんな仕切りもない。
 自宅で仕事をしている連中が借りている。自分の部屋でできる仕事なのだが、生活にメリハリを付けるため、通勤している。しかし、本来の仕事場は自宅なのだ。
 つまり、人は群れている方が安心する。その共同事務所で共同で何かをするわけではない。結果的に共同で借りているようなものなので、それだけの意味だ。
 このタイプの仕事人は、喫茶店でもやっているが、その流派とは違い、会社風な雰囲気の中でするのが好きなようだ。しかし、来ている人達はほぼ無言。たまに話したりする程度。仲間意識は薄い。喫茶店でよく見かける常連客程度。
 歩いて通う人、電車で通う人、自転車で通う人がおり、竹中は少し遠いが自転車通勤。しかし、そこで勤めているわけではない。詰めているだけで、上司はいない。それに会社ではなく、ただの個人事業主。中にはデスクだけ借りて本を読んでいる人もいる。そういう所で読む方が読みやすいとか。
 その中に私小説家がおり、読ませてもらったのだが、ただの日記だった。
 竹中は体調が悪いので、デスクではなく、中央部にあるソファーで電書を読んでいた。その隣に仕切りがあり、仮眠室もある。そこで横にならないといけないほどではない。
 常に数人はいるのだが、姿を見たことがない借主もいる。これは深夜組みの一人だろう。
 昼頃になると弁当屋が来る。竹中も頼んでいる。それを食べれば、もう早退しようと思っている。だから予約している弁当だけを食べに来たようなもの。
 この居場所の料金は安いものではない。しかし、そういう場があると安定感が違う。
 また意味もなくスーツ姿で来ている人もいる。
 今日はのんびりと、そして大人しくする日なので、すっと事務所を出た。別に挨拶などしない。
 食べたあとなのか、少し元気になった。その勢いで家まで自転車を漕ぐ。途中、寄り道をしたい衝動が何度も襲ったが、こういう日、それをするとろくなことにはならないことを知っているので、脇目も振らず、家の前まで来た。
 ところが消防車やパトカーが家の前に止まっている。
 そう来たか。そう出たか。と思いながら、覚悟しながら近付くと、向かいのマンションでボヤ騒ぎがあったようだ。煙が出ていたらしい。
 竹中はほっとし、消防車の横をすり抜けて家に戻った。
 そして部屋のドアをそっと開けた。
 当然、出たときと同じ状態だった。
 
   了
 


2020年1月8日

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