小説 川崎サイト

 

元重鎮の仕事


「毎日毎日同じことばかり繰り返していると飽きませんか」
「いやいや、なかなかそうはいかないのですよ。同じにならないことが結構ありましてね。たとえば立ち回り先の店が閉店したりしますとね、これは昨日と同じにならない。長い間そこへ判を押したように行ってましが、それが押せない。そういうのは毎日起こりませんが、たまにあります。たとえばリニューアル工事中とかで一週間ほど休みとか。一週間後また戻りますが、内装が変わっていて、決して同じじゃない。それに慣れるまでしばらくかかるでしょう」
「でもやっていることは同じでしょ」
「やり方を変えざるを得なかったりします。そういう変化は望みませんがね。これはベースでして、変えたいと思うのは別にあります。変わるものと変わらないもの、これが上手くバランスよくいっているときは調子が良いのです」
「それは、また細かい話ですねえ。でも全体は似たようなものでしょ」
「日々の暮らしぶりは似ていますが、十年前とではかなり違います。徐々に変わっていくのでしょうねえ」
「でも相変わらずでしょ」
「相も変わらず、これはいいじゃないですか。抜群の安定感ですよ。でもそれはなかなか維持できるものではありません。変えたくはないが変えざるを得ない状況もありますしね」
「さぞや退屈されていると思い、伺ったのですが」
「それが変化です」
「え、何がです」
「あなたが来たことが」
「変化というほどじゃないでしょ」
「この時間、私は外に出るのです。まだ少し間がありますが、その間やるべきことがあります。日々やっていることです。しかし、あなたが来たので、それができない。調子が狂います」
「お邪魔でしたか」
「邪魔というほどでもありません。あなたとは久しぶりなので、合っておくのも悪くはありませんしね。それで、あなたはどうなのです。お元気でしたか」
「それが、なかなか」
「悪いのですか」
「身体は別段問題はないのですが、少し困ったことが起こりましてねえ」
「私は困っていませんが」
「いえいえ、先輩を困らせることになりそうなので」
「じゃ、いい話じゃない」
「先輩しかいません。これを打開できるのは」
「私はもう引退していますのでね」
「いやいやまだまだ先輩の影響力は強い。少しだけ動いてもらえませんか」
「そんなことだろうと思っていましたよ。滅多に来ない人が来ると、これだ」
「はい」
「私はこのあとスーパーで夕食の食材を買いに行く」
「その前に、引き受けてくれませんか」
「ポテトサラダを作る。ハムと卵を入れる」
「まあ、そうおっしゃらず」
「で、何をすればいいんだ」
「はい、簡単です。白川さんを訪ねて下さい」
「白川か」
「はい、あなたの子飼いの部下だった人です」
「それだけでいいんだな」
「はい、訪ねるだけ」
「訪ねてどうする」
「訪ねるだけで、結構です。それで白川は分かると思います」
「白川は何処にいる」
「今は所長です」
「じゃ、行くだけでいいんだな」
「引き受けてもらえますね」
「散歩がてら行ってみる」
「これで、解決します」
「私にはそんな力はないが」
「いえ、まだまだ影響力があります」
 この業界の元重鎮がその白川を訪ねた。
 そして面会しただけで、お茶を飲んで帰った。
 これで、この業界の乱が治まったのだが、この元重鎮にとって、もうどうでもいいことだった。
 帰りに百貨店の食料売り売り場へ寄り、非常に豪華で見栄えのするポテトサラダセットを買った。海老も入っていた。
 
   了


2020年1月16日

小説 川崎サイト