小説 川崎サイト

 

絵図面


 隣国から使者が来た。隣り合っているが敵対していない。といって仲がいいわけではない。いつ敵になるか、分からないような時代。
 西原からの使者が来たと聞き、何事かと領主は側近に聞いた。まだ城内には入れていない。
 側近には思い当たるところがないようなので、しかとは答えれなかった。何か策を仕掛けてきたのではないかと、警戒は緩めなかった。
 それでも使者を追い返したとなると、少し問題になる。波風を立ててしまう。それで、大手門を開き、控えの館へ通した。
「桑原豪右衛門」
「はい」
「聞いたことがない」
「吉岡彦九郎様の御家来衆とか」
「誰だ、その吉岡彦九郎というのは」
 隣国の武将らしいが、殿様にはそこまで分からない。
「西岡の重臣にいます」
「聞いたことはあるか」
 側近も知らなかったようだ。そんな家老がいることを。
 それで、西岡に詳しい西岡出身の家来に聞いてみた。
「西岡には十人以上重臣がいます。家老の家柄です。その末席にいるのが吉岡彦九郎様です。あまり目立った存在ではありません」
「その家老の家来が来たわけだな」
「そうです」
「その使者桑原豪右衛門を知っておるか」
「知りません」
 つまり、名の知れた武将ではなく、またものを送ってきたことになる。またものとは家来の家来で、桑原豪右衛門は家老に仕えているが、西岡の領主には直接仕えていない。いわば家老の郎党。家老が雇っている武将。
「まずは用向きを聞いて参れ」
「はい」
 それによると縁組みのようだ。親戚になって、仲良くしようというもの。それで姫を西岡にもらい受けたいと。
「それは逆だろう。西岡の娘をもらい受けるのはいい。そう申してこい」
「それは直接、殿が」
「またものじゃ、合うわけにはいかん」
 つまり、西岡の家来なら合うが、その家来の家来では駄目だという。ただ、庭先でなら合ってもいいらしい。
 使者の桑原豪右衛門は名前は凄いが、痩せて小さな男。しかし家老からは信頼を得ている。腹心だ。
 桑原豪右衛門は城内の御殿横にあるに中庭へ案内され、そこで土下座して、殿様と合った。しかし一切表は上げていない。
 殿様も表を上げよとも言わず、その話、聞かなかったことにしてよいかと使者に伝えた。
 西岡豪右衛門は了解した。
「それよりも、嫡男の嫁として、西岡の娘をもらってもいいが、如何じゃ。そう申しておったと、西岡に伝えよ」
 西岡豪右衛門はそれも了承した。
 あとは、本丸御殿の客間で御馳走を振る舞われたので、それを食べて、帰った。
 西岡領に戻った豪右衛門は、しばらく部屋に閉じ籠もり、出てこなかった。
 そこへ家老の吉岡彦九郎がやってきて、様子を聞いた。
 畳の上に、紙が敷かれ、そこに絵が書かれていた。城内の見取り図だ。
「よしよし」
 この豪右衛門、一度見たものは記憶しており、見てはいないが側面や裏面まで何となく想像で書けるとか。
 用向きの縁談だが、それは表向きで、そんなもの、最初から成立するとは思っていない。
 しかし、この城内の絵地図、その後使われることはなかった。
 
   了


2020年1月21日

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