小説 川崎サイト

 

初梅


 副島はアパートの二階の木の階段を降り、自転車置き場、これはただの余地だが、自転車を出そうとしたとき、一階の三好も出てきた。雨が降っている。しかも冬の雨。
「お出掛けですか」三好が聞く。
 ただの挨拶だ。意味はない。何処へ行くのかなど聞かない。
「はい」
「私はこんな日はいやなんだが、医者通いさ。休んでもいいんだけど、薬をもらいに行くだけ。結構残っているんだけどね。こんなもの効かないよ。それより言われるままに飲んでると逆に身体を壊す。でもね、こうして雨の日でも医者通いができるだけでもいいんだ。元気な証拠。それでね、待合で座っているだけでいいんだ。なかなか順番は来ないけど、いい見学になる」
「お元気なようで」
「いやいや、持病があるんで、元気じゃない。これは治らないんだけどね。ところで副島さん、あなたこの雨の中、何処へ」
 今日は意外と聞いてきた。
「一寸ショッピングセンターへ」
「毎日この時間出掛けているのは買い物かい」
「スポーツジムもありますし、そこの会員なので、サウナにも入れますし」
「そうだね、このアパート、風呂がないからねえ。近くの銭湯、壊れたでしょ。それで遠くなった」
「じゃ」
「しかし、雨の降る日は行かなくてもいいんでしょ。毎日トレーニングに行く必要ないと思うけどね」
「いえいえ、買い物もありますし、コーヒーも飲みたいし」
「雨じゃ、大変でしょ」
「三好さんこそ」
「すぐそこだから、近いよ。しかしショッピングセンターは結構遠いよ。ご苦労だなあ」
「いえ、雨の日はすいているので、自転車置き場のいいところに止められますし、ジムもガラガラで、貸し切り状態。サウナも温泉風呂も誰もいなかったりします」
「温水プールもあるの」
「ありますよ。僕は泳げないので、入りませんが」
「ジムでしょ。泳げるようにしてもらえば。指導員いるのでしょ」
「いえいえ、泳ぎにはまったく興味がないので」
「あ、そう」
「雨の日の方がすいていていいのです」
「医者もそうだねえ。雨の日、客が少ない。だから来なくてもいい客が来ているんだよね。私もそうだけど」
「はい」
「じゃ、お元気でね」
「はい、行ってきます」
「方角が別だね。じゃ、ここで」
「はい」
 この三好という人、実は去年の暮れ、既に亡くなっていたとすれば、怖い話だが、そんなことはない。
 雨の降る真冬、雪にならないだけましと思いながら、副島はショッピングセンターへ行った。その途中、梅が咲いているのを発見する。初梅だ。今年見るのは、これが初めて。
 昨日は咲いていなかったような気がする。咲いていれば、目に入るだろう。
 この副島こそ、去年の暮れに、既に亡くなっていた。ということは当然ない。
 
   了



2020年1月30日

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