小説 川崎サイト

 

妖怪札


 祈祷師、またはその土地ではまじない師、また、術士、道士とも呼ばれている人がいる。この場合の道士とは、仙人のようなものだろう。
 ほんの少しの人しかそう呼ばないが、呼び方はまちまち。
 妖怪博士はまだそんなものがいるのかと思い、訪ねてみた。祈祷師が珍しいのではなく、妖怪封じもやっていることを聞いたので、それが大きい。担当の編集者は来ない。風邪で伏せっているようだ。
 場所は郊外の田園地帯。結構田畑が残っており、農家も大きい。裕福な土地のようだ。そういう地方には一人か二人程度ならややこしい術者も養えるのだろう。
 祈祷師が住んでいる場所は、村の中心部から少し離れたところにあり、家々は長屋風で、ここは昔は小作人でも住んでいたのだろう。当然、建物は当時とは違うだろうが。
 その路地の奥にあんまにちちもみ祈祷と書かれた看板が出ている。板だが、傾いている。マッサージもするのだろうか。
 妖怪博士は早速中に入って、話を聞いてみた。
「妖怪封じもなさるとか」
「ああ、まあ、一応は」
「同業者ですな」
「あなたもそうでしたか」
「妖怪博士といいます」
「何処かで聞いたことがありますが」
「まあ、同業といいましても私は研究の方で、術者ではありません」
「あああ、はい」
「妖怪封じはどうやって行うのでしょうか」
「いえ、それ以前にそんな依頼はありませんから。ついでに夜泣き、寝小便、疳の虫、妖怪退散と効能を書き足しただけですよ」
「じゃ、夜泣きや疳の虫と同じような処方ですか」
「処方」
「いや、やり方です」
「はい、そうです」
「どんな方法ですかな」
「本来は加持祈祷の流れを汲んでいますので、その方法です。特に珍しいものではありません」
「要するに呪文のようなものを唱えるわけですな」
「そうです」
「それで退散しますか」
「はあ、何となく」
「商売になりますか」
「はい、お得意様がいらっしゃるので」
「それは結構ですなあ」
「お陰様で私くしで七代目です。一度途切れましたが」
「あなた、お爺さんでしたか、お婆さんでしたか」
「一応お爺さんです」
「それは失礼しました。声がお高いので」
「この声が出る間は続けようと思っています」
「なるほど。それで、呪文を唱えるだけですか」
「それが結構体力がいるのです。それだけで一杯一杯です」
「護摩を焚いたりとか、水の付いた葉っぱなどは使わないのですか」
「声だけです」
「御札のようなものは」
「封じ札ですね。一応ありますが」
「見せてもらえませんか」
「いえ、在庫はないのです」
「そうなのですか」
「その都度書きますから」
「妖怪封じの御札を作ってもらえませんか」
「はい、結構ですよ」
 祈祷師は隣の部屋に入り、そこで書いた。
 祈祷所となっているが、普通の家で、通された部屋も、普段使っているような六畳の間。結構散らかっており、祈祷所らしさは微塵もない。小さな液晶テレビもある。壁には古いポスターが貼ってあるが、映画全盛時代の女優だろうか。若かりし頃のものだろう。
 しばらくして、祈祷師は部屋から出てきた。そして御札を妖怪博士に見せた。
「これは妖怪に特化した護符ですかな」
「呪文は共通でして、そこに妖怪という文字が入っているだけです」
 妖怪博士はその呪文が読めない。見たことのない文字というより図だ。その中に妖怪という漢字があり、それだけは読める。
「この文字は何処でお知りになりました」
「あああ、初代が仙人から教えてもらっようです」
「これは、頂いていいでしょうか」
「はいどうぞ」
「いくらですか」
「いえ、お代は結構です。ただの紙切れに書いただけですので」
「これを使われたことがありますか」
「何せ、妖怪封じの依頼など一度もないので、使ったことはありませんよ」
「そうですか」
「もしよろしければ、こういうのを何枚か書いて頂けませんか」
「何枚とは」
「とりあえず二十枚ほどです。当然代金は支払います」
「コピーすればよろしいのに」
「いえ、やはり肉筆ではないと有り難みが」
「そりゃそうですが。はい、分かりました」
 妖怪博士は先払いし、そして住所が書いてある宅配の伝票も渡した。
「暇なときで結構です。急ぎませんからな」
「はい、有り難うございます」
 妖怪博士は色々な御札、護符を持っている。いつも使うのは拝み屋の婆さんが書いたものだが、それが切れた。その婆さん、体調を崩しているので肉筆の御札を書いてくれる人を探していたのだ。
 最後に祈祷のさわり箇所だけ、唱えてもらった。
 美声だ。そして高音、頭の先から音が出ている。透明感があり、突き抜ける声だった。
 そして表に出たとき、もう一度看板を見たのだが、「あんまにちちもみ」がやはり最後まで気になった。
 
   了




2020年2月20日

小説 川崎サイト