小説 川崎サイト

 

龍軍


「清原から人が来ております」
「清原」
「石嶺奥四郡の」
「ああ、あったのう清原郷が。で、そんな奥から誰が来たと」
「清原殿です」
「まあ、お通しせよ」
「はい」
 清原郷を含む石嶺奥四郡は属国とされている。奥石嶺は広いが人口は少なく、その中でも一番小さな地域。そのため、奥の奥にある僻地。その背は巨大な山岳地帯で、もう人は住んでいない。
 城下の石嶺家宿老宅を訪ねて来た清原氏は、いわば清原郷の代表。
 何か言いに来たのだろうと、家老は、そのつもりで迎え入れた。一応一郡の主が来たのだから、それなりにもてなした。
 山奥では珍しい海の魚などが出た。そういうのを食べに来たわけではない。
「清原殿でしたか」
「そうです」
「ああ、代が変わられたのですな。忘れてました」
「そうです」
 石嶺家の家老は、この清原郷よりも石高が多い。
「佐伯攻めの陣触れが出ておりますが、それはやめた方がよろしいかと」
「それを言いに来られたのかな」
「はい」
「まだ、決まったわけではありません」
「決まらないうちに、お止めせよと、先代が」
「まだ御達者か」
「はい」
「つまりお父上の意見ですな」
「そうです。佐伯に攻め入ってはいけないと」
「これはほぼ決まっています」
「そこを何とか、お止めせよと」
 石嶺家の属国で、さらに影の薄い清原郷が物申しても通る話ではない。
「佐伯の城は簡単に落ちましょう。心配なくと、帰ってお父上にお伝えくだされ」
「はい」
 清原家の若き当主は、素直に頷いた。伝えるべきことは伝えたので。
 石嶺の家老は、その意味が分からないので、他の重臣達に、それとなく聞いてみた。清原がどうしてそんなことを言い出したのかを。
 誰も思い当たることがないらしい。それで主君の殿様に聞くが、やはり同じ。それで、殿様は隠居した大殿に聞くと、やはり分からない。
 さらにその大殿の家老だった隠居に聞くと、やっと意味が分かったらしい。
「佐伯の龍じゃよ」
「え」
「佐伯城の地下には龍が眠っておる。だから佐伯を攻めると手厳しい目に遭う」
「伝説ですね」
「そうじゃ」
 石嶺の家老は、それで清原が来た意味が分かったが、それで佐伯攻めを中止する気はない。理由にならないためだ。
 それで予定通り、佐伯攻めに向かったのだが、奥石嶺の三郡も兵を出したが、残る一郡は出さなかった。清原郷だ。
 小城の佐伯城はすぐに包囲され、明日にでも落ちるはずだったが、そのとき龍が出た。
 龍軍と呼ばれる、この時期最強の軍団が援軍に駆けつけたのだ。
 龍を目覚めさせたことになる。
 ただ、清原の隠居などが聞いていた伝説とは、少し違っていたが、龍軍を持つ大国と佐伯城とは旧縁でもあったのだろう。
 
   了
 


2020年2月22日

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