小説 川崎サイト

 

常春の人


 優れているものよりも優れていないものを使う方が落ち着くことがある。レベルが高いほど気忙しく、低い方が余裕やゆとりが生まれる。これは時間を争うようなことでは別だが、早いと善いものができるとは限らない。結果が悪ければ、何ともならない。
 早くて善いものができれば越したことはないが、この善いものというのが曲者で、そうそう毎回善いものはできないだろう。
 島田が最近考えているのは、ローなものでのんびりとやりたいということだろう。結果よりもその過程が過ごしやすければいい。いいものを使うと、結果を期待される。
 ローレベルなものを使って、ローレベルなものを作る。これは普通だが、ローレベルなものを使って善いものができれば、これは奇跡ではないが、喜ばしいことだ。ここに何かあるのではないかと島田は考えた。
 単純な話では道具負けというのがある。切れ味の鋭い刀を持っていても、強いわけではない。切れ味はいいが、刃こぼれがするし、すぐに折れるかもしれない。名刀には名刀の欠点がある。鈍刀には鈍刀の長所がある。その両者が備わっていても使うものが悪ければ、何ともならない。
 島田はその使うものが悪いグループに入る。だから鈍刀でいい。
 また、優れた道具やシステムは早く動く。だから仕事が早い。それで、他のこともできるようになるが、それでは楽ができない。早くできた分、別のことをするためだ。もしローな設備だと、それで十分で、余計なことをしなくて済む。
 しかし早い設備だと、多くのものがこなせるので、多くの仕事ができる。
 この問題は島田の場合、怠けたい気があるので、早くできたときは休みたい。もうノルマは果たしたのだからと解釈する。
 要するに仕事をしたくないのだろう。これは言ってはいけないこと。
 それらは先輩を見ていて思ったことで、何をやるにも遅く、そして巧みではない。それだけにもうかなりの年なのだが島田とは横並びの同僚。上下があるとすれば先輩と後悔程度。
 こののろまな先輩は誰からも馬鹿にされているわけではないが、島田は特に注目している。いや、尊敬していると言ってもいい。
「偉くなればなるほど楽できませんからね。位も偉いが仕事も偉くなる。それだけですよ」
 これが答えのようだ。あまり勧められない生き方だろう。そしてお手本にしてはいけないやり方だ。しかし、島田には怠け癖があり、この先輩の怠け方には興味がある。こういう人の方が出世する人よりも楽なのではないかと。
 つまり、世間一般の人達とは違う世界を見ているのだ。局限すれば、仕事をしたくない。
 島田はこの「仕事のできない」先輩に境地を見た。仙境のようなもの。
 身一つ。自分だけがよければいいというのは言ってはいけないことだろう。しかし、この先輩はそれをやっている。
 世の中には常識とは違う人がいる。これはこれで、厳しい道なのかもしれないが、先輩を見ているといつも常春のように穏やか。
 この飄々とした先輩を今更ながら尊敬するようになった。一種の貴種だ。
 
   了
 



2020年2月29日

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