小説 川崎サイト

 

二人の元画学生


 画学生時代同級生だった二人が偶然出会った。しかしこの偶然、数回ある。立ち回り先が似ているためだろう。
 しかし年をとるうちに、その偶然も減る。偶然でしか合わなくなったのはもう交流がないため。学生時代だけの関係のためだろう。一人か二人、そういう友人がいないと、不便なため。だから長く付き合える親友にはなれなかった。
 便利といえば、学生時代に二人展をやったことがある。半分のお金でできるためだ。二人とも西洋画。
 卒業後、一人は画廊の丁稚のようなことをしていた。一応絵に関係する仕事で、海外へ買い付けに行ったこともある。
 もう一人は趣味で絵を描き続けている。裕福な家なので、遊んで暮らしているようなものだが、実家の手伝いも当然やっており、今はそれを引き継ぎ、結構忙しい。だが絵は描いている。
 二人はどうしたことか、ばったり出会った後、その日に限り立ち話だけではなく、お茶に行き、さらに飲みに行った。そして遅い時間になったので、裕福な方の家へ行くことになった。どういう風の吹き回しか分からない。それほど親しくないのだから。
 実はこの裕福な方は絵を見てもらいたかったようだ。
 画廊に長く努めた方はすでに退職し、独立して画商になったが、暇なのでついて行った。飲み屋からタクシーを呼び、そのまま郊外の奥まで突っ走った。
 裕福な家は今風に建て替えたようだが、農家のような感じだ。周囲にそんな家が多い。
「どう」
 アトリエがあり、そこに絵が飾ってある。
「絵柄、変わったんじゃないの」
 学生時代のような尖ったところがなく、地味な絵になっている。悪くいえばインパクトがない。個性もないし、当然特徴もない、油絵だが薄い。あっさりとしたタッチで、この家の近所だろうか、道があり畑があり、奥に丘があり、数本目だった木が伸びている。杉だろうか。
 アトリエの壁に数点それが掛けてある。
「どう」
「平凡だね」
「他には」
「うーん、訴えるものがない」
「そうか、それを見て欲しかったんだ」
「えっ、どういうことかな」
「昔、君に酷評されたことの反対をやっている」
「そんなこと、言ったかなあ」
「前衛過ぎるって言っただろ」
「もう忘れたよ」
「聞いていい」
「何」
「なかなか言い出せなかったんだけど、君は絵は描いているの」
 画商は鞄からタブレットを取り出し、ささっと絵を表示させた。指で書いた落書きだ。
「これ、君が嫌がっていた抽象画じゃないの」
「ああ」
「君も変わったねえ」
「絵はね」
「僕は普通の平凡な絵ばかり描いているんだけど、これが奥が深くてねえ。だからいくら描いても満足できないんだ。目立たないところで、そっと芸をするんだよ。でもそれと分からないようにね」
「そうなんだ。しかし全然気がつかない」
「それを確かめたかったんだ。プロの画商の目でも分からないことを」
「あ、そう」
「今日はありがとう。いろいろと引っ張り回して、二階に部屋を用意させているから、ゆっくり休んでね。君が朝、起きた頃、僕はもういないから。ここでお別れだ。君とはもう二度と会うこともないと思うけど」
「何かあったの」
「これから出かけるので」
 元画商は二階の客間に上がると、すでに布団が敷かれていた。
 朝、目覚めると、友人はもういない。夜中に旅立ったのだ。
 それから数年後、二人は偶然行き会った。そのときは目礼しただけ。
 この調子ではまだ数回、そんな偶然があるのだろう。
 
   了


2020年3月24日

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