小説 川崎サイト



一瞬の出来事

川崎ゆきお



 それは一瞬の出来事だった。何が起こったのか分からない。
 だが、何かが起こったことだけは確かだった。
 起こった瞬間忘れてしまうような出来事とは何だろう。
 一瞬なので、時間のかかる出来事ではない。それに小西は無事だ。
 起こる前と起こってからでの変化はない。彼がそう思っているだけのことで、あとから効いてくるのかもしれないが、今は無事だ。
 それから一日経過した。
 小西は翌朝、同じ場所を通った。通勤コースだった。
 あれが起きたのは帰る時だった。
 場所だけは覚えている。角の酒屋を曲がったところだ。
 何が起こったのかを思い出そうとしたが、現場を見ても無理だった。酒屋と関係のあることではなさそうだ。
 場所は関係がないのかもしれない。
 急に虫歯が痛むことがある。場所とは関係なく、痛くなる時期にきていたのだ。
 しかし、何が起こったのかが分からないため、虫歯と同じように考えるのは間違いかもしれない。
 起こったことは覚えているが、内容を忘れている。そんなことは小西の過去に、果たしてなかっただろうか。
 酒屋のシャッターは下りている。まだ開店時間まで間があるのだろう。
 あれが起こった時は店は開いていた。
 缶ビールがまぶしく光り、宅配便ののぼりも立っていた。
 あれが起こった場所は酒屋の前だが、酒屋だけがあるわけではない。
 四つ角なので信号がある。酒屋の横はクリーニング屋だ。店屋はこの二軒だけで、他は住宅が続いている。道路を挟んでモータープールがある。
 小西はいつもの電車に間に合わなくなるので、眺め回すのをやめ、歩き出す。
 やはりこの風景とは関係がないように思えた。
 手掛かりがない。
 小西は何があったのかが気になる。怖かったとか、驚いたとか。びっくりしたとか。見てはいけないものを見たとか、何か残っているはずなのに、それさえも切れている。
 いきなり落とし穴にはまり、いきなり出てきたようなものだ。
 一瞬の出来事の正体は、その後も思い出せない。
 
   了
 
 


          2007年8月5日
 

 

 

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