小説 川崎サイト

 

花見へ行く


「花見に行きましたか」
「この季節ですからねえ、それしかないでしょ」
「満開前です」
「そうですねえ」
「行かれますか」
「いえ」
「行かないと」
「はい」
「それはまたどうして」
「気分が優れません」
「何処かお悪い」
「いえ、ただの気分です。行く気がしない」
「毎年そうなのですかな」
「いえ、今年、特に」
「ほう」
「花見どころじゃなくて」
「お忙しい」
「そうじゃありませんが、気になることがありまして、呑気に花見などしている場合じゃないと」
「それはそれは」
「だから花見には行きません」
「いえ、別に誘っていませんよ」
「で、あなたは」
「私ですか」
「行くのでしょ」
「行きません」
「え、どうして」
「一人じゃ行けない」
「そうなんですか」
「だから、ご一緒しようと思ったのです」
「それは残念ですねえ」
「仕方ありません。今年の花見は、なしです。これは前例がありません。生まれたときから連れて行ってもらったようです。その後、毎年花見はやっていました。でも今年初めて花見のない春になりますが、まあ、仕方ありません」
「他の人を誘ったり、誘われたりするでしょ」
「いませんし、誘われません。あなたしかいない」
「え、お友達とか、家族とかは」
「いません」
「親戚は」
「いますが、付き合いはありません。花見に行こうなんて誘えば驚かれるでしょ。葬式のとき顔を合わせる程度ですから」
「そうなんですか」
「記録が途絶えます」
「そういう年があっても問題はないでしょ」
「しかし、毎年あることがないとなると、何か不安です」
「じゃ、一人で行かれては」
「そうですねえ」
「桜を見て、さっと戻ればいいのですよ」
「いえ、花見らしきことをしたいのです」
「じゃ、弁当でも買って、食べればどうですか」
「一人でですか」
「淋しそうですねえ。それじゃ」
「そうでしょ」
「はい。分かりました。行きましょう」
「そうですか。無理に誘っているようで」
「負けました」
「交通費と飲み食い代は私が払います。出店でおでんとラーメンを食べます。いいですね。ビールも飲みましょう」
「はいはい」
「じゃ、行きますか、これから」
「分かりました」
「有り難う。これで、途絶えることなく、今年も花見ができそうです」
「そんなに大事なのですか」
「はい」
「あ、そう」
 
   了


2020年3月31日

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